第20話 山の姫、さざれ石
顔を持ち上げると目の前にはこの上もなく醜悪かつ妙齢に達したひとりの女人が立っていた。
僕は何の驚きもなかった。
山の精霊にでも遭うなんてあまりにも昔話じみているし、自分がそんなに想像力豊かだとも思わなかった。
ただ言えるのはその容顔とは似つかわしくない薄桃色の袿を身に纏い、浅葱色の袴を履いた女人が月影に照らされると余計にその皺くちゃの頬や小さな米粒のような瞳、大きく曲がった鷲鼻、太い唇を際立たせているとわかった。
ああ、婚儀を断られた山の姫だ。
ひっそりと恋人から捨てられ、青銅色の淵に入水された姫だ。
疲れ果てて悪い冗談でも覚えているんだろう。
顔を持ち上げると姫は似つかわしくない憫笑で僕を見つめた。
僕から話さない。
話してしまったら生きては帰れないだろう。
「あらあらまあまあ、そんなに緊張なさらなくても」
笑窪さえも歪むと皺に波打った。
それにしても醜い姫だ。
鼻息さえも腐臭が漂う。僕は姿勢を正し、身構えた。
獲物に狙いを定める狩人のように全身全霊に力を入れ込む。
「私のことを知ってお出まし?」
ここで頷いたら一巻の終わりだ。
沈黙を破るな。
目配せもしないようにじっと耐える。
月明かりが一段と強くなり、清流のほうから夏をさらった涼風が紅潮した頬を撫でていく。
「知ってお出ででしょう? その表情ならば」
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