第19話 深山
今宵は皮肉にも皓々と地上を照らす満月だった。
空にはバター色の肥えた満月が浮かんでいる。
月明りで僕の足から続く物怖じしない影が何倍にも向かって伸びていた。
月明りで影踏みができる。山際が月影に反射して掴むようにその稜線がくっきりと見える。
その山肌さえ、縹色の空によって克明に照らされていた。
気が付くと自転車で山奥のさらに深山に迷い込んだ。
まだ夏の名残を感じるとはいえ、じんわりと鳥肌が襲ってくる。
涙なんてもう、残ってはいない。
ただ学校で勉強するという当たり前の道のりを固く閉ざされ、無碍に否定され、しまいには罵倒されないといけない自分の置かれた状況に溜飲を下げるしかない。
これ以上どこまで我慢しなくちゃ、悪運を司る神さまは聖断を下さずにはいられないのだろう。
ただ勉強をしたかっただけなんだ。
ただ当たり前の日常を送りたいだけだった。
それなのにあの人は許してはくれなかった。
そんな予感も混じった淡い期待はすぐに突風に吹き飛ばされる。
心配なんてあの人がするわけがない。いつも冷淡にあしらうじゃないか。
夜道に鬱々と愚痴っていても何も始まらない。
萩の花には暗黒の縁に彩られた揚羽蝶が空に瞬いている。
息を潜めるように僕は自転車を止め、その場に座り込んだ。
長くなった前髪が降りかかる。
親から叱られた幼子のようにうずくまると肩を震わせ、唇を硬く締めた。
月影が目を瞑っても手に取るようにわかり合える。
息切れが糸を切れたように止まるのはいつになったら訪れるのだろう。
「怖いのですね」
声は何の前触れもなくやって来た。
「母を恋しがる幼子のよう」
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