第16話 架空へ誘う流れ星


架空へ誘う流れ星とミルク色の河を渡る星の船、星の河に立つ螺鈿細工のように輝く鉄塔、粉々に散らばった金剛石とサファイアとルビー、エメラルドの開かれた宝石箱、宇宙を宇宙として感じられる涼風、そして、目には見えないマリンブルーに輝く地球を思う。


 確か前に読んだ和歌集に天の川を詠んだ和歌があった気がする。


 星の林に行く一艘の難破船に乗る乗組員。


 こんな夏の夜には不可思議な物語が格別に似合うだろう。



「山螢だよ。あれ」


 竹林から外れた雑木林の茂みにひとつふたつ火影のような螢火がなだらかに上へ下へと飛び交っていた。


 その光は暗い森の中を果てしない旅路を進む巡礼者のように宛もなくさまよう。



「本当だ。飛んでいる」


 それをやっと言えたのはしばらく風がやんだ夜半の刻だった。


これまでの沈黙も必要だったんだ。


山螢が迎えに来たんだから。


その二匹の山螢は徐々にこちらへと近づいていった。


もう、眼は暗闇に慣れてしまい、その小さな光でさえも目映いものに感じられた。



「螢って短い夏を精いっぱい生きているんだよね。私なんか迷ってばかりなんだ。自分の名前なのにちっとも見習えないね」


 そうじゃないよ、と僕はとっさに言い切った。そうじゃない、違う、違う、君は僕なんかよりも芯は強いし、曇りのない眼で物事を見ている。


「僕だって迷ってばかりだよ。生きる意味も寿命を全うして死んでいく意味もわからないままだよ。螢ちゃんと僕は違う。絶対に違うんだ」


自分でも普段なら絶対に吐かないような発言をしていると気付いたときにはもう、遅かった。


言い訳の退路は塞がれている。


心も身体も押し入れの奥でかくれんぼが見つかるまで隠れたくなる。


螢ちゃんの表情は惣闇の中でも曇ってはいなかった。


今まで流した涙さえも真っ赤な嘘だったんだろうか、と思う夜がある。


僕がその言葉に触れるのは冒瀆でしかない、と思う夜がある。



ああ、賽は投げられた。


もう、この堕落論もリセットしないといけない。


せめて螢ちゃんの前だけは素直な自分でありたい。


山螢は竹林の茂みの奥にさすらうように飛び、洞窟の中に逃避するかのように闇の奥へと消えっていった。


ふたりで夜の狭間にいつさよならをしたのか、狭霧のようにそれからははっきりとは思い出せなかった。


あれは神隠しに遭った幼子が見た夢幻だったんじゃないか、と不安は幾度もなくよぎったけどもいいんだ、と今なら思える。



部屋の片隅にある、夜のレターボックスにしまえたのだから今は満足している。


またいつか夜にお話しができたらそれは本望だと思える。


夜の音色をまた聞き入りたい。


わかったな、と僕は僕に念を押す。


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