第14話 山螢紀行
夜の静寂が波打ち、ススキの穂が風に抗い、揺れ動くように彼女の肩幅まである長い髪も大きく揺れていた。
螢を見に来たの? と螢ちゃんは僕に尋ねた。
こんばんわ、と挨拶くらい自分から言えば良かった、と思った矢先、口はすでに開かれていた。
螢? と螢ちゃんがクスッと口を手に当てながら笑った。
その含み笑いに僕は少し安堵した。
「うん。まるで自分の名前を呼び捨てで言っているみたいだね。そうなの。でも、小川にいる螢じゃなくて山螢なのね。こんな夏の暮れには山螢もいっぱい見られるんじゃないかって思ったの」
山螢はその名の通り森の奥で光る螢だ。
水辺には生息せず、乾いた暗い森の中でひっそりと光る。
それが山螢だ。
小さく火影が揺らめくように闇の中に瞬く。
山螢が葛の花に止まるとそこだけ淡く集大成の影絵のように浮かび上がる。
「銀鏡神社の境内にはいるかな。後ろに回ってみようか」
やっとの思いで口が開いた。
これくらいしか、僕にはできなかった。
汗がべったりと背中に纏わりついている。
この汗は神楽習いで流した汗じゃない。
吐息がかすかに感じられる。
今夜は月が出ていないんだ。
天の川も粉々に砕け散った水晶の屑のように光っていた。
星月夜の帳が下りた今、僕の心を、星を降らす闇の雫へと変えさせる。
「山螢が逃げないかな」
「逃げないよ、きっと。君がここにいるから」
自分でも驚くような言葉を発していた。
こんな背伸びした台詞を言ってしまった。
少しでもいいところを見せたいばかりに白けらせてしまって僕は僕を壊したい。
ただ自己保身のためにかすかに震えていた。
「山螢がいるかなあ。辰一君はロマンチストなんだね」
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