第13話 御神木、夏の宵


 天幕を下げたように前髪が降りかかる。


 微風が頬に当たり、汗と混じった。


 もう、夜も遅い。


 家には帰りたくないんだ。


 できればずっとひとりでいたい。


 無性に誰かに会いたくなるときもある。


 


 僕は僕の心の揺れ動きさえも掴めない。


 砂利がかすかに擦れる音がする。


 御神木の小枝がざわついた。


 人の気配がする。


 こんな夜更けに誰だろう。


 辰一君、と肩を叩かれた。


 その声の主はわかっていた。



「こんばんは。神楽習いをしていたの? こんなに熱いし、夜も遅いのに?」


 僕は何度か頷いた。


 螢ちゃんこそ、どうしたんだろう。


 彼女の家は銀鏡神社の近くだから散歩でもしていたんだろうか。


 どうしたの、と声もかけることさえもできなかった。


 


 なぜなら、彼女とはあまりはきはきとは話せなかったから。


 彼女と話しかけるときはいつも胸の鼓動が脈打ち、血の流れも透き通り、火照りを和らげようとしても身体はいとも簡単に反応し、視線までもが渡されたリレーのバトンのように繋がってしまう。


 何でも話せたらどんなにいいだろう。


 口はなかなか開かない。


 夜の暗がりなのにその困ったような表情を手に取るように汲み取れた。


 

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