第9話 清流記
何日か山にも行けず、鬱々と部屋の中に閉じこもる日々が続いた。
教材の課題を片づけながら梅雨が終わる前の土砂降りの音を聞き入るとあっという間に炎天下が訪れるようになった。
今朝の銀鏡川は青銅の鏡のようだった。
椎の実が落ち、万華鏡のような水の綾となって波が生まれては消え、漣となり、露のように消えていく。
その薩摩切子のように青く光る川はその淵に龍が潜み、今か今かと獲物を狙い撃ちしているかのように蛇行しながら静寂を打っている。
足を止めた。
いや、待て。
水の中へ入るのをよそうとした。
川岸のゴツゴツとした岩肌に百合の花が咲いているのが見えた。
重たげに花びらが水飛沫を浴び、風に沿って揺れていた。
入ってしまえばいい。
心の水琴窟に響いた。
サンダルを脱いで裸足になり、熱風を直で感じた。
真夏の太陽の煌めきが瞼の裏に残り、皮膚を熱く煮えたぎらせる。
河石もまるで鉄板のように熱を帯び、足裏も必然と血流が早くなる。服は着たままだった。
何も考えずにそのまま勢いよく川面の中へ飛び込んだ。
シャツまであっという間に小さな気泡が身体の深奥から生まれていく。
水の流れに沿って風は通り過ぎ、僕もそのまま流れに委ねる。
水の中は異国の路地裏の奥のさびれた時計店そのものだった。
気まぐれな鎌鼬のように水の傷を覚える。
碧色の川面に次々と小波が詰め寄り、波打ち際には百合の花や羊歯や苔、根を生やすための鈍色のごつごつとした大きな岩がある。
木陰まで泳いでその百合の花を手折った。
百合の花は空を見入っていた。
こんなに百合の花も盛りをちらつかせているのに秋風が荒ぶとあっという間に枯れてしまう。
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