第7話 挨拶


「うん。そうなの。テスト期間中で早めに学校が終わったんだ。今日は土曜日だけど部活も休みなの」


 螢ちゃんは僕の家の経済状況を誰よりも知っている。


 螢ちゃんの両親が学費を工面するから、と提案してもらったときは本当に驚いた。


 ただそれを丁重に断るしかなかった。


 


 山での暮らしだ。


 お互いに経済的に余裕がないのは共通している。


 うちだけが特別扱いするわけにもいかない。


 螢ちゃんのご両親の気づかいに嘘はなかった。


 それは真心であって偽善ではなかった。


 よそ様に迷惑をかけるくらい経済的にも困窮しているなんて大きく話すのを憚られる。



「辰一君は何か変わったことがない?」


 僕は変わったことなんてないよ、と返事した。


 それが大丈夫なの、という挨拶であることは十分によくわかっていた。


 ただ僕の中に巣食うそれがいつにも増して燻り続けるのには変わらなかった。


 実を言えばすぐにでもぽっきりと折れてしまうのかもしれない。



「良かった。元気ならそれでいいよね。まだ神楽習いを見てもいい?」


 螢ちゃんの言葉に心の中には暗い迷宮の中に灯されるランプのように明るくなった。


 全神経を集中しろ、と奮い立たせる。


 床に腰が思いきり当たり、神経を刺激する。


 指が折れそうになるときもある。


 小指に当たり、痺れが止まらなくなったときもある。


 腰が思うようにまっすぐならないのだ。


 


 伯父さんの眼の色は変わらない。


 篠笛の音がピタリとやんだ。


 時計を見るともう、十時半だった。


 僕は立ち上がり、誰かが拍手する音が聞こえる。


「よく頑張ったね。本番を楽しみにしているよ」


 

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