第6話 秘密の鍵
戸を開けてみるとそこには螢ちゃんがいた。
「久しぶり。一人剣の神楽習い頑張っているね」
今夜はスカイブルーのシャツにジーンズ姿だった。
「ちょっと内緒で辰一君が神楽習いしているところ見ていたの」
隠れて見られていたんだ。
それを聞いて今さらになってあまりうまくできなかった自分を隠したい衝動に駆られた。
螢ちゃんは裏表のない褒め方をしてくれるんだ。
お世辞でもない心の底から思う称賛を。
「難しくない? 見ていてこっちがハラハラしちゃったよ」
僕はそうだよ、と頷いた。
とても難しいよ、こんな僕が本当にやれるのか、皆目わからないし、実体もつかないけれどもやれる道筋はやろうと思う。
そんな返事をすらすらと言えたらどんなに素敵だろうか。
彼女の前では僕は沈黙を貫くことしかできない。
話したいこともろくに話せない。
螢ちゃんの眼。
それは漆黒の晴れ渡った月夜の海のようにどこまでも澄んでいる。
決しては誰でも話しえない瞳の奥の揺らめきを僕は知りたい。
ときどき、ふしだらな想いに駆られるときもある。
夜の秘密を探る際に瞼の裏に彼女の微笑みがよく浮かぶ。
彼女の微笑みは熟しきった真紅の林檎のように明るく一滴の汚濁もない。
それを見て僕の背骨は妙に浮つき、膝小僧も小刻みに震え、鳩尾も熱くなる。
身体はどんどん大人へと上がろうと蠢き、巡りゆく血までもがそれに抗おうとしている。
触れてはいけない秘密の鍵を僕はたまに触ってしまう。
なぜだからはわからないし、わかりたくもない。
その鍵もいつか、長い間風化した錆を削るようになくなる日も来るんだろうか。
「学校が休み?」
やっとの思いで言えたのはそれだけだった。
それしか言えなかった。
僕は生粋の不器用だから。
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