第5話 神楽習い、心の片隅
螢ちゃんに一人剣を見せられたらいい。
そんな目標を掲げるようになってから日々の生活に彩りが生まれた。
とはいっても生活に起伏が生まれたわけでもない。
気分の問題かもしれないし、ただ自己保身に走りたいだけかもしれない。
それでも、目標があるだけでもいい。
螢ちゃんは僕の中学時代の同級生だった。
今は銀鏡の集落から下った街の妻高校へ下宿生活をしている。
大きな学校に初めて入って緊張と不安から疲れていないだろうか。
螢ちゃんの笑顔は常に心の片隅に仕舞ってある。
元気にしているだろうか。
僕が味わえなかった幸せの橋を彼女にはしっかりと歩んでほしい。
きっと元気にやっている。
一週間後、伯父さんはようやく重い口を開いてくれた。
「だいぶ良くなった。今日は小刀を持とう」
鞘の入ったままの小刀を渡され、伯父さんの指示の下、でんぐり返しをする。
すぐにでもできるだろう、と高を括っていたら二本の小刀が肩や耳たぶに当たって動きが鈍くなる。
今は鞘に収めているものの、本番ならば鋭利な小刀を持って舞うのだからここで挫けたら一介の終わりだ。
すべての指が折れるまでの回数を繰り返すとやっとのことでよろめきながらも立ち上がれた。
「足が曲がっている」
伯父さんの指摘もその通りだった。
足が曲がらないととてもじゃないけれども、うまくできない。
息切れも激しくなり、普段使わない筋肉を使ったのか、集中的に向う脛がヒリヒリしている。
息を整えると床に転がり、腰を大きく逸らしながらぐるりぐるりと回った。
肩や耳に当たる。
身体の軸がふっと軽くなった気がした。
気づいたときには正面を向いていた。
「初めてにしてはよくできている。この調子だ」
時計を見ると神楽習いを始めてから二時間あまりが経っていた。
汗はすっかり乾いている。
柱時計が八回鳴り響く音に耳を澄ましていると、戸を誰かが叩く音がかすかに聞こえた。
「螢ちゃん?」
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