第3話 でんぐり返し
「まずはでんぐり返しからだな。辰一君、来週の土曜日までにやってごらん」
伯父さんに言われてでんぐり返しをただひたすらにやる日々が始まった。
僕はいわゆる普通の高校には行っていない。
早く自立したいと思って通信制の高校に入りながら林業の仕事を手伝うと決めたのだ。
うちの経済状況から考えて断念するしかなかった。
本当は大学も行きたかったし、国立大学の進学も夢ではなかった。
それはお前が一番よくわかっているだろう、と僕は僕に呟く。
昔、東京にいた頃は毎日のルーティンに追われ、満員電車に揺られ、人波に同化し、空を見る余裕もなかった。
銀鏡に来てからは空の青さに顔をうずめる。
いつも空を見上げていたと言ってもいい。
空をわからないと山の仕事はできない。
山に行くようになってからは筋肉もつき、その効果もあったのだろう、花の舞でさえも深く腰を屈められるようになった。
でんぐり返しをしながらこのまま小刀を両手に持ち、しかも暗闇の中でやれるか、ますます心配になってくる。不安は交互にやって来るけれども気合で打破しようと肩に力を入れた。
筋肉痛も徐々に和らぐようになり、腰回りも一段と鍛えられた初夏の土曜日、僕は神楽伝承館に伯父さんに連れられ、神楽習いをすることになった。
でんぐり返しはもう、スムーズにやれるようになっている。
神楽伝承館に着くとでんぐり返しをして見せた。
伯父さんは首を縦に振らなかった。
ついすぐにでも合格をもらうと思っていた僕にとってその結果は筋違いだった。
そうは甘くはないらしい。
「改めて足さばきをしっかりしないといけない。でんぐり返しの神楽習いはそれからだ」
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