新たな仲間
「あの子は……」
ガサゴソと茂みの揺れる音が聞こえ、インはそちらへと振り向いた。
するとそこには一匹の白い虫。
白雪のように真っ白い肌のソフーガ。
見間違うはずもない。
あの時インが仲間にしようとしたものの、顔面に鋏角でアイアンクローをかまされて諦めたあのソフーガだ。
それが今、目の前におずおずといった様子で近づいてくるではないか。
「どうしたのかな?」
もしインが普段通りであれば、真っ先に飛びつき魔物のえさを与えようとするだろう。
しかし今のインは違う。
務めてソフーガがなぜここに来たのかを問うた。
ソフーガは身体の色とは正反対に真っ赤な鋏角をパクパクと動かす。
どうやら何かを伝えようとしているらしい。
(うーん。仲間にしてほしいってことなのかな? けどそれは、私の願望に近いし)
突如体が燃え出し、あたふたし始めるミミとウデ。
インはニ匹に炎熱耐性の紙片を貼りなおしてあげる。
(そういえばミミちゃんとウデちゃんはこの紙がないと燃えちゃうんだよね? だとするとこの子はなんで大丈夫なのかな?)
アンが王女アリだった頃、【臭い耐性】以外のアビリティ及びスキルがすべて使用不能になったのを思い出す。
耐性関連なら大丈夫なのかと思いもした。
しかし今から考えると、あれはそれひとつだけが使えるというより、改めて【臭い耐性】を入手したといった方が近い。
王女アリはHP1固定。
炎に耐性ができる前に、この世界から消えることは確実。
(もしかしてこの子、王女系統じゃない?)
そこまで考えてインは思い直す。
今重要なのはそこではない。
なぜ今この子がここにいるのか。それが重要だ。
「アンちゃん。分かる?」
インの問いに、アンは頷いて見せた。
何を言いたいのか、インが問いただす前に草むらが揺れる。
軽い地響きを生じさせて現れたのはニ匹のトカゲだった。
表皮から高熱の炎を噴出すその姿たるや、見る人によればサラマンダーを連想するだろう。
最もこの魔物はサラマンダーなどではない。
似ているが、【フレイザード】と呼ばれる猛炎の世限定の魔物の一匹だ。
出現率自体は低くないものの、今までとは比べ物にならない程インはテンションを上げる。
「行くよッ! ミミちゃんはいつもの! アンちゃんは飛んでッ!」
炎といえば水。
水といえば粘液。
ミミは触手の先端をフレイザードに定めた。
ミミの白い粘液によって、フレイザードの燃える表皮から煙が立ち上る。
本来の真っ赤な表皮が一瞬だけ外部に曝け出されたのも束の間、すぐにまた炎が立ち昇る。
「なるほどねッ!」
フレイザードが尻尾を振り上げた。
四足歩行の巨体とは思えぬほどの、驚異的なバネで宙へと飛び上がる。
フレイザードはその場で回転。
炎が尻尾に行き渡り、赤よりもさらに赤く。
紅に染まる尻尾に、フレイザードは全体重と高さからの勢いを乗せ叩きつける。
HPの多いミミでさえ、くらえば間違いなく致命傷は免れない。
しかしその一撃がミミに届くことはなかった。
(やっぱりアンちゃんの独壇場になっちゃうよね)
フレイザードよりも高く飛んだアンが、真上から衝撃を与える形で軌道を逸らしたからだ。
地面が大きく穿たれる。
フレイザードは光となって消えていく。
残ったもう一匹のフレイザードは、真上から降りてきた白銀の死神に後ずさった。
(不思議だよね。なんでこの子はここにいるんだろう。逃げてきたのかな?)
残ったフレイザードが立て直す。
その目には闘志が宿っており、撤退する気は毛頭ないようだ。
インはアンに目を向ける。
まだやれる? と。
そんなインに対して、アンは後ろに下がっていった。
インの隣にいるソフーガの背後に回り、ハサミで押し出した。
(もしかしてこの子を戦わせてってこと?)
インの考えを読み解くかのように、アンは前足で地面を叩く。
アンの真意を理解したインは「うんッ!」とひとつ頷き向き直る。
そしてウデは、戦闘放棄したアンの頭に「珍しいっすね」とでも言いたげに飛び乗った。
アンもまた、「新人になるかもじゃん?」と答える様に触角を動かしたのだった。
* * *
(ソフーガちゃん。なんて言えばいいのかな)
指示をする時、何か名前がないと不便だ。
誰に指示を出しているのか分からない。
幸いにもミミとアンは後方に待機して眺めているだけ。
一対一で戦うというのであれば、名前がなくともある程度は通じるだろう。
(とりあえず今は集中だ)
インは頬を叩いて目の前のフレイザードを見据える。
こういう風に相対するのはいつぶりだっただろうかなんて、感慨に耽りそうにもなる。
けどこのソフーガは仲間にしていない。
ここで倒されたら復活できない。
肝に銘じるためにインは頬を叩いて切り換える。
(ソフーガの強みは速度。早々に決着をつける形ならいけるかな)
かくして今戦いの幕が切って落とされた。
先に動いたのはソフーガだ。
白銀一閃。
その身の柔軟性を利用してフレイザードに飛び出し……躱された。
「もう一度!」
インの掛け声と共にソフーガが駆ける。
木の間や土、相手を撹乱するかのように動き続け、相手の目が追い付かなくなったタイミングを狙う。
狙う……はずだった。
「ストップ! 戻ってきて!」
インの指示を無視してソフーガはフレイザードに特攻。
だがまたもフレイザードは避ける、避ける、避ける。
一撃すら当たらない。
フレイザードを捉えた一撃は、まるで当たる兆しがない。
「戻ってきてシロソフーガ!」
やはりインの指示を無視するソフーガ。
もうこのままいくらやっても無理だと身に染み込ませるほかない。
インはほっといて、白銀一閃になっていると思い込んでいるソフーガを【目】と【音】で追っていた。
やがてフレイザードの燃える表皮に直撃を果たす。
炎が自分の身体に移り、慌てた拍子にソフーガはまたその辺をウロチョロし始め、その後インの背中に隠れた。
「ねぇ、やる気ある?」
そうして最後にインが言い放った言葉は非情なまでに感情を感じさせなかった。
人の指示を聞かないのはまだいい。
そこまでの信頼関係を気づけていないのは、インも分かっている。
問題なのは攻撃に何の工夫も感じられないことだ。
当たらないなら、当たらないなりにどうすれば攻撃が命中するか考えて動くべきだ。
それを何の策も無くただ突っ込むだけ。
挙句敵前だというのに、冷静さを欠いた動作。
インの中でこのソフーガに対する印象が二段階ほど下がると同時に、こうも考えていた。
(このソフーガ、身体が固い?)
先ほどから見ていて、柔軟性をまるで感じられない。
それだけじゃなく、かなり動きも遅い。
目に見えないのは最低限。
しかし音が鳴った方を警戒していれば、十分対処可能な領域である。
紅一閃であれば、音が聞こえた時点でまず間に合わない。
これまた難のある子を引き当てたなと、インは心の中で苦笑いを浮かべた。
今度はこちらの番だとでも言わんばかりに、フレイザードが動き出す。
巨体ながらもかなり身軽なようで、地面を尻尾で弾く形でステップする。
口から炎が漏れ、フレイザードが大きく息を吸い込んだ。
インは真横へ飛んだ。
ソフーガもそれに倣ってか飛び出した。
すると先ほどまで立っていた位置。
炎が直線状に走る。
「もう一度言うよ! 私の言うことを聞いて! じゃないとやられるよ!」
炎が薙ぎ払われる。
じりじりと距離を詰められるソフーガ。
その状況下の中、ようやく堪忍したのかソフーガはインの元へと直地した。
ありがとうと感謝の言葉を口にするイン。
ソフーガの身体を撫でながら言う。
「あのトカゲの表皮。炎が出ていない箇所が一か所だけある。そこに攻撃を仕掛けるよ」
そうはいってもまずソフーガの攻撃事態が当たらない。
三匹に力を借りるのは容易だが、それではソフーガと勘を取り戻したいインのためにはならないだろう。
だからこそインはソフーガに作戦を告げる。
次に炎を吐きだすタイミングで仕掛けるよ、と。
ソフーガはインの指示通り、フレイザードに攻撃を誘発させるよう走り出す。
カギ爪は違う。
尻尾も違う。
中々フレイザードは炎を吐いてこようとしない。
「相手から離れてッ!」
インの叱咤にソフーガは身体をビクつかせ、それから指示通りに動き始める。
するとすぐに、フレイザードは大きく息を吸い込み始めた。
「今だよ!」
懐に入り込んだソフーガは、アッパーの要領でフレイザードの下顎を強打する。
フレイザードの身体が宙へ浮かぶ。
そこには炎を噴出していない、がら空きとなった腹部があった。
またもインの指示でソフーガはフレイザードの腹部に、鋏角を突き立てた。
しかしここで終わらない。
フレイザードは最後の意地か、一匹目と同じく宙へと飛び上がった。
尻尾に全体重を掛けようとしたタイミング。
待ってましたと言わんばかりにインが叫ぶ。
「いっけぇぇぇ!!」
空中でがら空きになるフレイザード。
木から飛び移り、ソフーガは再度鋏角を突き立てた。
フレイザードはまだやられていない。
やられていないが、その身は空中に放り出されている。
着地しようにもバランスを崩している。
背中から落下したフレイザードは地面に激突。
その身を光に変えていった。
* * *
久しぶりに全力を出せた気がして、インは額に汗を浮かばせながらも笑う。
その顔は非常に晴れ渡っていた。
そこに忍び寄る一匹の白いソフーガ。
ソフーガはインの近くをビュンビュンと跳びまわる。
「良い戦いだったよ!」
インはソフーガを称えると、近くに魔物のえさを置いた。
「ねぇ、一緒に来ない。私となら……ううん。アンちゃん、ミミちゃん、ウデちゃんと一緒ならもっと強くなれると思うんだ。だから」
インが言い終わる前に、ソフーガは魔物のえさに口をつけた。
ソフーガの周囲に光の粒子が踊るように出現し、そして吸い込まれていった。
かくしてインは、新たな四匹目の仲間を作ることに成功したのだった。
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