チーム解散?

 次の日、学校から帰ったインは、復活を果たしたファイと共に炎の森に来ていた。

 集合場所に先に来ていたオレンジは、ファイの姿を目にすると飛び上がりながら手を振った。

 心配していたのだろうか。

 オレンジはファイに駆け寄ると、大丈夫かどうか質問攻めにしていく。

 いつもの覇気はなく、乾いた笑みでたじたじになるファイ。

 気にせずどんどん詰め寄っていくオレンジ。

 その口を後ろから塞ぐものが現れた。


「今日も晴天だね、リーダー」


 イズミだ。

 手の内でもごもご言っているオレンジを置いておき、イズミはいつもの調子でファイに話しかける。


「ごめん、苦労掛けた」

「チームチーム。気にしなくていいよ」


 頭を下げて謝るファイ。

 やはり本調子ではないのだろう。

 現実とゲームの口調が混じり合っているのにインは気づいていた。

 恐らくファイ含めて全員気付いているのだろう。

 イズミは「リーダー、まだお身体の調子が完全ではないご様子」と跪くふりをして笑っていた。


「では、今日は力が戻っていないから若干子どもっぽくなっているという設定で。ベルクはどこに行ったの?」


 いつもであればオレンジよりも真っ先に来ているはずのベルクがいない。

 挨拶もそこそこにファイは本題に入る。

 一番槍にオレンジは「もごもごもご」と首を横に振った。

 追随するようにイズミもまた、「んーんー」と手を振った。


「おねぇ」

「ごめん、ソフーガちゃんに集中してた」

「平常運転だね」


 呆れ気味にファイは言う。

 ならベルクはどこに行ってしまったのか。

 まさか昨日からずっとソフーガを追っていたのだろうか。

 ファイ曰はく、過去に前例がないわけではないようだ。

 あの時もファイが必要としているからと、徹夜で魔物を狩り続けて献上していたらしい。

 それほどまでに、ベルクのファイに対する執念はかなりのものだと考えていい。

 可能性がないわけではなかった。

 炎の森で捜索を開始してから、三十分ほど経った頃、


「魔女様……! ここです!」


 ボロボロでやつれた様子のベルクが、茂みから現れると同時に倒れ込んだ。

 ファイの姿を見ると一転、救世主でも見るかのような眼差しで見上げていた。


「また、うぅんッ! またやったのか、狂犬」

「はい! 魔女様の為なら不肖このベルク! 例え身を粉にしてでもやり遂げて見せます!」


 そう元気よく答えるベルクの目下には隈ができていた。

 本当に徹夜していたのだろう。

 ベルクのテンションは、どちらかといえば深夜のあれに通づるものがあった。

 ファイは少し眉を垂らし、悲しそうな目でしゃがみ込む。


「学校はどうした」

「学校……。大丈夫ですッ! 単位は取っていますから!」

「……単位? ああ、あれか。それと学校になんの関係がある」


 ファイの考える単位とはメートルやリットルのことだ。

 この場にいるベルク以外、同じ認識をしていた。

 口々に「単位を取るとどうなるのかな?」なんて口にしていた。


「単位を多く取っていると休暇が貰えるんですよ。臨時の。なのでその休暇を取ってゲームをやっています!」


 それよりもとベルクは話を切り替える。

 空中に手を突っ込んだかと思えば、ソフーガの皮を十匹分取り出していた。


「これだけ取れましたよ魔女様!」


 報告をしつつもベルクはイン達を見やる。

 徹夜もしてこれだけの数を狩ったのだ。

 ただでさえ出現率が低い上に、すばしっこくて中々攻撃が当たらないソフーガ。

 運よく一、二匹狩れたとしても、十匹には追いつくことはできない。

 ベルクの瞳にはそんな勝利の確信が込められているようであった。


「ベルク」

「はいッ!」

「お前の負けだ。今日はログアウトして寝ろ。命令だ」


 しかし確信は無慈悲にも砕け散る。

 受け入れられないのか、ベルクは「なぜですか!」と食って掛かる。


「ここに来る途中にイン達からソフーガの皮を献上してもらった。数は優に百を超える。いいからさっさと寝てこい!」


 ファイは冷たく、ベルクを振り払う形であしらった。

 ベルクの瞳が黒く濁っていく。

 敗北を受け入れられないといった様子で。

 証明するように、ファイはソフーガの皮を落とす形で積み上げていき、軽い小山を作りだした。

 嬉し混じりに「多すぎて逆に困るな」と口角を引き上げる。


「さ、流石魔女様ですッ! おひとりでそんなに――」

「インとオレンジ、イズミの三人が狩ってきたものだ。もしこれがわたしだけの手柄だと思うのならそう思うがいい」


 ファイは断言する。


「だがな、徹夜してなお十匹程度しか狩れない奴など必要ないッ! 分かったのならさっさと帰って寝ろッ!」


 ファイから叩きつけられた言葉に、ベルクは電池の切れたロボットの如く完全に崩れ落ちた。

 そして何かを操作する動作をしていないのにも関わらず、光となってこの世界から消えて行く。

 VRギアの機能のひとつ、強制ログアウトだ。

 ファイはソフーガの皮を拾い上げると、虚空の中にしまっていく。


「わたし……、ベルクちゃんが徹夜で頑張って集めてきてくれたのに」


 ファイはイン達へと振り向くことなく、燃えている木々をただ見つめていた。


「うーん」

「大丈夫だぞファイちん! 私はスッキリしたぞ! スッキリ……、うん。……スッキリしたぞ」


 イズミは何も言葉を掛けなかった。

 オレンジの言葉もどんどん消沈しているようであった。

 そしてインは、なんて言葉を掛ければいいのか分からなかった。

 慰めればいいのか、それとも攻めればいいのか。

 伸ばした腕は何かに触れることなく、引っ込んでいた。


「ねぇリーダー、私たち解散しない?」


 何気なく口にするイズミ。

 インはイズミの顔を窺うように目を向けていた。

 治まることのない炎が森を燃やし、パチパチと音を弾く。

 なんでなのか分からないといった様子で、ファイは食いつくように振り向いた。


「どうして。今までやれて来たじゃん!」

「そもそも私たち、チームというにはあまりにもおこがましいんじゃないかな?」


 イズミは貼り付けた笑みを浮かべた。

 納得いかないといった様子でオレンジが食って掛かる。


「イズちんそんなことないよ! ちゃんとチームやれてるって!」

「今までベルクの諍いを止めていたのは全部リーダーなのに? 今回のソフーガの皮を大量に確保できたのも、博士ちゃんのおかげだったし」


 もしインがいなければ、今回の勝負はベルクの勝利で終わっていたことだろう。

 いいや、違う。

 そもそもが話し、イズミとオレンジは何かチームのためになるようなことをしただろうか。

 何かチームとして残したものがあっただろうか。

 答えは何もしていないである。

 インの仲間であるミミが噴出したソフーガを倒しただけ。

 それだけで二人は何もしていない。

 二人はいつだって傍観者だ。

 こんなのはチームといえない。


「言い方悪いけど、博士ちゃんは仲間じゃないんだよ。チームじゃないし。リーダーの姉ってだけで、一時的な要因にしかすぎない」


 イズミは悔しい思いでいっぱいだったのだろうか。

 自嘲気味に笑う。


「いや違うよイズちん! ファイちんの姉ちゃんはチームで仲間だよ!」

「うーん、オレンジは良い子だねぇ。けどそうじゃないんだよ」


 イズミに撫でられたオレンジは嬉しそうに頬を綻ばせた。


「纏めると、イズミちゃんはチームとしてやっていけないってこと?」

「そういうことでもないかな。ちょっとありきたりな流れ何だけど、一番チームとして行動していたのはベルクだったのかもしれないかなって。過激だけど」


 もう遅いって言われなければいいね、なんてイズミは笑っていた。


 *  *  *


 一番チームとして行動していたのはベルク。

 徹夜をしてまで誰かに尽くすことがチームといえるのだろうか。

 誰かに迷惑をかける行為は、チームのためといえば許されるのだろうか。

 それは違うのではないかとインは思い悩んでいた。


 あの後インはイズミとオレンジ、ファイと別れていた。

 なんてことはない。

 イズミがチームとしての連携をまたやってみたいと言い出したからだ。

 インは臨時の要員。

 チームではないため、ひとりで燃える切り株に座り込んでいた。


「他人事ではないんだよね」


 人同士で組んでいるわけではないが、イン達もチームといえる。

 インのすぐ近くでアンとミミ、ウデが楽しそうにじゃれ合っていた。

 炎に耐性を持ってしまえばこっちのものらしく、インの今練習も相まってか、他の魔物を寄せ付けることはなかった。

 正しくチームの動きだ。

 最近ではインの存在価値が危ぶまれるほど綺麗な。

 そうはいっても、インは自分が不必要な存在だと考えたことなど一度もないが。

 遊んでとばかりにミミが触手で絡んでくる。

 アンは何か言いたげに前足で叩いてくる。

 ウデは颯爽とインの頭に飛び乗って落ち着いていた。


「あはは、せっかくだし久しぶりに遊ぼっか」


 インの言葉が届いたかどうかは分からない。

 けれど三匹は楽しそうにインを追いかける。

 茂みの内のさらに低位置。

 炎とは対照的な真っ白な身体を持つ虫は、こっそりと楽し気なイン達を覗いていた。

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