ソフーガ

「これで十匹目っと」


 紅一閃と謳われ、昼間は何の攻撃を当てることもできなかった相手、ソフーガ。

 そのソフーガは何か傷跡を残すこともなく、光に変わっていく。

 インとオレンジ、それから粘液から相当距離を取っているイズミは手分けしてソフーガに止めを刺していく。

 その光景たるや、海外に打ち捨てられた空き缶を拾うかのようであった。


「そろそろ休憩しよー、もう詰まんなくなってきた!」

「そうだね。そうしよっか」


 インが同意したことで「やった!」と腕を伸ばして喜ぶオレンジ。

 無理もない。

 ミミがソフーガを噴き出させる工程。

 これをかれこれ十回以上は繰り返している。

 ちまちまとした作業。

 元気いっぱいのオレンジには酷な仕事だろう。


「それじゃ私はこの辺で」

「虫取り?」


 思わずイズミの顔を見てしまうイン。

 イズミはというと、したり顔でピースしていた。


「博士ちゃんの顔。虫の解説をしている時の顔と同じだった」

「……違うクラスだよね?」


 イズミとインは同級生。

 さりとて違うクラスだ。

 同じクラスでも表情で考えを読める人はまずいないだろう。

 頭に疑問符を浮かべるイン。

 イズミはニヤケ笑みで「私の勘」と頬に指を当てた。


「一緒に来る?」

「遠慮しとく。オレンジは?」

「いーーや! どーせ同じ作業でしょ! それよりイズミちん! 必殺技考えたんだ! 受けて受けて!」


 もう回復は済んだのだろう。

 よーしと張り切り、跳び上がる形で立ち上がるオレンジ。

 イズミはしょうがないなといった顔を浮かべた。

 数歩距離を取ってから盾を構えた。


 オレンジは自分の身体と同じくらいのハンマーを装備する。

 そして何かを叫びながら、縦横無尽、様々な方向からイズミの盾を打ち鳴らしていた。


 微笑ましい光景だ。

 平和な光景すぎて、自然とインから笑みが零れていた。

 同じ武器を向けられる状況。

 だけどイズミは楽しそうに「よーしこい!」と構えている。


 ピジョンちゃんと初めてのイベントをやった時もそうだったなと、懐かしい光景を思い出しつつ、インはその場を後にした。


 *  *  *


「ようやく……。ようやくだよ。ようやく! 新しい虫ちゃんを仲間にするチャンス到来だよ!」


 ここまで本当に長かった。

 ウデを仲間にしてから何日経ったことだろう。

 どれほどの時間が経ったことだろう。

 二人と離れた後、インは感極まった表情でうきうきと移動していた。

 それと同時にこうも思っていた。

 これじゃあ確かにテイマーが不遇だなと。


 仲間にする手段に限らず、LVを上げる方法も独特で、何よりここまでやってきてまだ解放枠が四。

 前ファイから聞いた話によれば、魔法ならこの時点で何十もの魔法を覚えているとのこと。

 集団という利点を考えれば。

 そんなインの答えは、ファイの「いやそこは、集団攻撃でよくない? おねぇ」という最もな否定を受けていた。


「ミミちゃん! いつも通りお願いね!」


 テンションマックスなインの掛け声で、頭上空高く大量のソフーガが噴出した。

 もう完全に漁である。

 地面に落ちて目を回したソフーガたちを、インは一匹一匹観察していく。


(あれ?)


 その中でインは一匹のソフーガに目を付けた。

 そのソフーガは白雪のように真っ白であった。

 一匹だけ粘液を落としても、白が落ちることはない。

 インは自然と白いソフーガを持ち上げていた。


(もしかしてアンちゃんの時に言われていた、王女系統なのかな?)


 王女系統といえば、守られすぎて逆に未成熟となってしまった魔物のこと。

 数百年に一度の先祖返りと言われており、無限の進化先を秘めている固体でもある。

 LVアップやイベント時でしか手に入らないSPをドロップするので、プレイヤーから狙われるという面でも生存競争に勝ち残れない。

 そんな王女系統が、もしやこんな場所にいたとは。

 しかし今やインも上級につま先だけ片足を突っ込んでいる状態。

 インはそっとミミの上に白いソフーガを乗せる。そして、


(この子に決めた! 他の子も仲間にできるならしたいけど! けどみんなの中でひとりだけ違うってなんか惹かれる!!)


 アンだけじゃなく、インも激レアが好きだった。

 倒そうとしないのはただそれだけのことである。


 白いソフーガが目を覚ます。

 そして思わずといった様子で飛び上がっていた。


 それもそうだろう。

 目を覚ましたら地上に居て、デカいぶよぶよとした地面の上で、自分よりも何倍もある巨人に肉団子を押し付けられているのだから。


 これで驚くなという方が酷だろう。

 ソフーガは鋏角を擦り合わせて音を出す。

 しかしインには効果がない。


 インはソフーガに魔物のえさをゆっくりと寄せて行く。

 笑顔とは程遠い、興奮しているのが丸わかりな表情で。


 ソフーガが跳躍する。

 その矛先は当然イン。

 鋭く尖った、まるで杭を思わせる鋏角で力の限り、インの鼻先目がけて突き刺した。


「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ソフーガを突き刺さったまま地面を転げまわるイン。

 さらに万力のようにギリギリと挟み込んでくるものだから大変。

 頬が引きちぎれるかのような、さらなる苦痛をインは味わっていた。

 顎からは消化液が出るものだからその痛みは想像すらできないものだろう。


 顔からどんどんダメージエフェクトが噴出していく。


 だがこれでは終わらない。

 インは逆に両手で白いソフーガを掴みこんだ。

 もうここまでくれば意地である。


「ミ”ミ”ち“ゃ”ん”!!」


 インの絶叫にミミは白いソフーガに触手を巻きつけた。

 力仕事ということもあり、ウデが触肢をミミの触手に食い込ませて参戦する。

 そのおかげか残り体力あと少しといったところで、ようやく白いソフーガを引きはがせたのだった。


 ここがゲームだからだろう。

 ポーションを何本か開けたことでインの顔の傷は綺麗さっぱり無くなっていた。

 宙ぶらりんになって揺れる白いソフーガ。

 インは「下ろしてあげて」と指示を出した。

 インは再度しゃがみ込み、魔物のえさを差し出した。


「ごめんね、怖かったよね。でも、私はあなたを倒す気はないの。むしろ一緒に来てほしいなって」


 ソフーガは触肢を広げた。

 腹部を大きく立てて、自分をより大きな存在に見せてくる。

 威嚇の表現は終わらない。

 このままの状態で何分経ったことだろうか。


(ダメか)


 そのままで動かないソフーガを見て、インはしゃがんだ膝を伸ばした。

 それからミミとウデに「ありがとう!」と頭を撫でてやる。


「戻ろっか」


 野生は自然のあるべき姿に。

 考えてみれば、夜間に無理やり起こしてきて仲間にならないかと勧誘しているわけである。

 信用できるはずもない。


 インは踵を返して、オレンジとイズミの元へと戻っていく。


 かくしてインは、ソフーガをテイムすることはできなかった。

 オレンジとイズミに今回のことを語り、そしてどうすれば印象の悪くならないアプローチになるのか、三人で頭を悩ませるのだった。


 次のソフーガは絶対に仲間にする。

 インはそう、新しい決意を碧眼に宿した。

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