のんびりした帰り道

「そういやイン。これで三回目な?」


 ちらつかせるように見せつけてくるそれは、細剣だった。

 クモ女との戦いで真ん中からぽっきり折れたそれは、ハルトが操る剣の中でも、それなりに上位に入る一品であった。

 何せ『集中』と『流星』の重ね技に、一度だけとはいえ耐えられるほどだ。

 現時点で手に入る上級な素材と、マーロンの技術がふんだんに使われていた。


 そんな事を露知らず、二つ返事でインは「分かった!」と口にする。


(大切な剣だったんだよね。装備は大事って、結構前に言ってた気がするし)


 あからさまな行動は、しっかりインに伝わったようだ。

 その上で、できるだけ早く借りを返そうと意気込んだ。

 そして早速とばかりに、インはウデのステータスを開く。



 種族 ウデムシ

 名前:ウデ LV1

 HP120/120 MP57/57


 筋力 25

 防御 7

 速度 1

 魔力 4

 運 0


 アビリティ 『捕食LV3』『隠密LV2』『一撃必殺LV1』『肢突しとつLV2』『筋力増加LV2』『防御増加LV1』『不運』



「まぁ……普通だな」


 マナー違反だというのに、インの頭から見上げるように覗いたハルトが口にする。


「普通なの? お兄ちゃん」


 特に咎める事もせず、インがハルトを見上げるようにして尋ねてみれば、「インのパーティーと考えれば普通だろ」と返答がきた。

 どうもインのチームは我が強すぎるらしい。

 正しく一長一短を表すかのようなパーティーなのだと。

 本当なら、主は魔法を鍛えて、接近戦はお供に任せて、後は足りない部分を他の魔物で補うのが普通なんだと。


 他に魔物でチームを組んでいる人を見たことが無い。

 身近にいる『調教』仲間といえば、フィートくらいだ。

 しかし彼女は魔物でパーティーを作るのではなく、どちらかといえば自衛のために『調教』に手を付けている。

 根底が違うのだ。

 何のことか分からずハテナを浮かべて首を傾げたインの頭を、ハルトはいずれ分かると諭すかのように優しく叩く。

 そのすぐ後ろで、タイムリミットだとばかりに、無常にも光へと変わるミミに気づかずに。



『隠密』


 敵から姿を隠し、自分を悟らせない様にするスキル。

 強者の隠密は、においすら消してしまう。



『一撃必殺』


 相手がどれほどの強固さを持ちようが、全てを無視して一撃に伏せるスキル。

 LVが上がるほど、確率が0.01上昇。また種族:ウデの場合、触肢で捕らえられた獲物が抜け出さない限り、100%仕留める。



『刺突』


 自慢の触肢で相手を貫くスキル。

 LVが上がるほど威力が上昇する。



『不運』


 どれだけLVがあがろうとも、次の進化に至るまで幸運値が0になる。

 幸運値が高い主に出会えたことこそが、生涯の中で最大の幸運だろう。



「……最後、何気に酷くね?」


 最後の一文には悪意しか感じられない。

 そんな一文からか、ハルトがそう引き攣ったように口にすれば、そうだそうだとインも便乗する。


「そうだよ! ウデちゃんは不幸じゃない! 私が証明する!」


 ギュッとウデを抱き上げたインは、すっと立ち上がる。

 段々と森の木々が近づき、闇が訪れる前に。

 天高く持ち上げようとして、重くて持ち上がらなかった。


「一緒にまた、強くなっていこっ!」


 あまりにも締まらない表情ではあるが意気込みは、しかとウデに伝わったようだ。

 自慢の触肢をゆっくりと動かし、インをガチッと掴みこんだ。

 クレーターはそのままに、クモ女が使用した糸が消滅したことで暗闇が戻ってくる。

 ずるいと言わんばかりに飛び出したアンは、闇に包まれた木を次々に飛び移り、インの頭に着地した。


「ミミちゃん! 助けてミミちゃん! あれミミちゃんどこっ?! ミミちゃんは?!」


 一メートルもある虫ニ匹にのしかかられれば、まだ中学生であり筋力のないインには酷というもの。

 落ちていく体を、苦笑しながらハルトが支えた。


「何やってんだ。とりあえず、教会行くぞ。シェーナ達が待っている」


 *  *  *


「そういえば、ドロップはあるか? あいつの糸、結構貴重でな」


 ハルトが言う糸とは、クモ女。クレールアラクネの糸である。

 曰はく一か月に一度、運よくプレイヤーが見かけるか、見かけないかくらいには珍しい糸なのだとか。


 素材にして創り出された装備は、布製だがかなりの防御力を誇る。

 鎧などでギチギチに固め、動きにくくなるよりかはずっと剣が走りやすいのだと、ハルトは強く力説しつつインの頬を突く。

 しかし問題があった。

 それは、倒したのがウデだという事実だ。

 どれだけHPを削るのに貢献をしようが、倒したのがまだ仲間になっていないウデとならば、当然ドロップはそっちの方に行っている。


 ではもし、ドロップ品を手に入れたウデをテイムしたらどうなるのか。

 答えはインのインベントリに存在していた。


「えっと……これかな? クレールアラクネの魔鋼糸まこうし。他には毒とか目とか……えっなにこれ。クレールアラクネの魔石?」

「極低確率引きやがった。マジかよ……」


 倒したのはウデであって、インが倒した訳じゃないのにと嘆くハルト。

 その隣では魔石がどれほど貴重な物か分からず、とりあえず魔鉄糸を全てハルトへと差し出すイン。


「おっ、ありがとな。しかしマジかぁ」

「輝石とは違うの?」


 インはミミの輝石を手のひらに乗せた。

 今もどくどくと、まるで心臓のように脈打っている。

 色が赤いせいか、より一層と連想させる。


「いや、大して違わないな。現時点だと、魔物が封印されていると考えれば同じだ。問題は仲間にしているか、していないかだ。そのクレールアラクネは、まだ仲間にしていないから魔石なんだ。そして、強ければ強いほど高額で取引される。その分、テイムは骨が折れるけどな」

「へぇー、そうなんだ。お兄ちゃんいる?」

「おお、いるいる。ちょうど素材にもなるし欲しかったんだよなぁ」


 ささっと説明する横でインがウィンドウを操作すると、ハルトの目の前に受け取るかどうかの確認ボタンが現れた。

 流れに釣られて『はい』を押そうとしたハルトの指は、そのままインに軽く叩きつけられる。


「って待て待て待て待て!! 話しを聞いていたか?! テイムすればいいだろ! 今のインには無理かもしれないが、後々使うかもしれないだろ?!」


 まさか超レアアイテムを簡単に渡そうとするとは信じられなかったのだろう。

 歩むのを止め、ハルトはどれだけ貴重な物であるのか力説しようとする。

 が、それでもインはあげると譲らない。


「それでもいらないかな。というより、あの魔物って虫なのかな?」

「……そう言われるとなぁ」


 クレールアラクネの下半身はクモだが、上半身は人間の女性のそれである。

 どちらかといえばキメラのようであり、虫かどうかといわれれば微妙なラインだ。

 こうも言っているのだからとつい誘惑に狩られそうになったのか、『はい』を押そうとした指はまたも止まる。


「いやいや、家が欲しいなら売った方が役に立つぞ」

「でも、あそこまで弱らせてくれたのはお兄ちゃんだよ?」


 だから兄であるハルトが受け取るべきだと、インは魔石を押し付ける。

 先ほど口に滑らせたとおり、素材としてはかなり優秀な類なのだろう。

 かなり頭を抱えた末、ハルトは『はい』を押してインから魔石を受け取った。


「じゃあ貰う。俺に困ったことがあったら、二回助けてくれ」

「それは悪いよ!」


 一回目を使うなんてと叫ぶインに、ハルトは断固として手を突き出し譲らない。


「いいんだ。それよりまだここは魔物の密集地」


 それだけ言うと、追求から逃げるようにしてハルトは足を動かした。

 時折現れる虫の魔物を斬り捨てて、町の方面まで進んでいく。


「パラダイスなのに。ねっ? ウデちゃん。アンちゃん」


 共感を促すかのようにウデとアンに目を向ける。

 ニ匹とも石像のように無反応だ。


「……パラダイスなのに」


 インはもう一度、主張するように呟くと、「待ってよー!」と急いでハルトの後ろ姿を追いかけた。

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