ほのぼのエルミナ
「最近何かと戦うことが多くて」
「それが良いんだよ!」
「それが良いよなー」
夜。
一度ゲームをログアウトした杏子が、食卓にてそう溢す。
ずっと考えていた虫ちゃん達との生活。
なのに蓋を開けてみれば、イベントといい葵との新天地巡りという名の戦闘で、虫たちとゆっくりする時間は全くといっていいほど取れていない。
一緒に戦えるのはうれしいし、強くなろうという約束は果たす気であるが、これは何か違うんじゃないか。
そうほむらと悠斗に相談したわけだが、片や設定を作って魔女を名乗る妹と、片や地面を抉るほどの威力を内包した剣技を扱う兄、いかんせん相手が悪かった。
「ゲームといったら強敵とのバトル。強大な魔法を放ち、はためく風で揺れるわたし……。最高にかっこいい!」
「魔法も良いが、やっぱ俺は剣だな! 並みいる強豪を、稲妻やオーラを出しながら斬り倒すっ! 最高だぞ!」
「私、そのどっちでもないんだけど」
興奮冷めやらない様子でテンションを上げる二人に、杏子は溜息を吐く。
二人のようにド派手な技は、チーム全体として持っていないと。
杏子にやれる事といえば、虫たちが戦いやすくなるよう指示を出したり、あくまで回復や状態異常を治す魔法をかけてあげるだけ。
その虫たちも、一匹一匹が抜きんでているわけでもなく、チームという形で敵との戦いに挑んでいる。
簡単に表せば、非常に地味なのだ。
炎が出る訳でも、爆発が巻き起こるわけでもない。
「正直な話、生産は全部任せているから戦闘以外はからっきしだぞ、おねぇ」
お手上げとでも言いたそうに手を広げるほむら。
同じように悠斗も、未知に出会ったかのように、感慨深げに言う。
「こういうのはあのクソ鳥が詳しそうだよなぁ。いや、シェーナもか」
今日の夕食である肉じゃがを、香辛料で真っ赤に染めるほむら。
口に運んではほおを緩ませる彼女に、悠斗はそっと目を逸らす。
杏子に対しては、下にある肉じゃがだった液体のせいで、顔を向けてすらいない。
「ともかく、せっかく五感があるんだから、エルミナを観光したらどうだ?」
「おねぇが今行ける範囲だと、世界は狭すぎる! ボスを倒さなくても、タクシーとか飛行機とかで飛んでいければいいのに!」
「その気持ちは分かるが、馬車じゃなくて機械が走ってたら、ファンタジー世界を完全にぶっ壊している」
魔法が飛び交う中世ヨーロッパのような街並みに、いきなり現代にある黒塗りのタクシーが通りがかる。
ミスマッチなんてものじゃない。
一気にSFへと早変わりだ。
「だがファンタジーだしなー。常識に囚われた時点でおしまいだしなー。インも、クレールアラクネを覚えているだろ?」
ファンタジー世界で常識に囚われちゃいけない。
一番分かりやすいように悠斗が前の失敗を例に出すと、そうだったとインも同調する。
それと同時に、前に図書館で読んだ炎を吐く虫がいたとして、もし自分の虫が魔改造されたらどうなるのかと思いを馳せる。
(それって本当に虫なのかな? けれどそんなアンちゃん達を見てみたい気も……。けどやっぱり、本当に虫なのかな? それ)
既にアンとミミが現実にはいない種族であるのを頭から投げ捨て、インは首を捻り低く唸った。
* * *
夕食も終わり、片づけを行ってから再びゲームにダイブする。
魔法都市でもあり、何度見ても夜の街並みは広間と比べて非常に幻想的だ。
蛍のような黄色く淡い光の玉や、水のせせらぎを奏でる噴水も一役を買っている。
電気をつけた時のような、じんわりとした暖かさを肌で感じるが、風が吹けばきちんと涼しい。
戦闘脳から切り替え、思いっきり楽しんでみるぞと、インは手を大きく天に伸ばして、体を伸ばす。
(ゆっくりする時間って、やっぱり必要だよね)
インが輝石を取り出すと、アンとウデが光に混じって姿を現した。
すっかり慣れたアンは、いつも通りインの腕の中にすっぽりと納まる。
反対に、ウデの方はといえば初めて見た町の様相からか、若干触肢を開いて辺りを見渡している。
「大丈夫、大丈夫だからウデちゃん」
インが腕を広げれば、抱きやすいようにかアンは頭の上に移動した。
しかしなお、ウデはそわそわして止まない。
これには思い当たる節があった。
「ミミちゃんは町中で出せないんだよ。色々あってね」
目や鼻がなく、触手をうねらせるミミ。
その強烈な見た目と上から見下ろされた時の迫力。
現実ではないものの、実態としては巨大ミミズだ。
町を歩く人、主に女性を怖がるのも無理はないのだろう。
その辺深くは考えず、HPに余裕がある内は小さくして外に出していたインであったが、あまりに報告が相次いだためかハルトから強く言いつけられてしまった。
「頼むから町中では出すな」
その為、例え夜であっても輝石からミミを出せなくなっていたのだ。
「だから、残念だけどアンちゃんとウデちゃんだけで回ろっ!」
インはぬいぐるみのようにウデを抱き寄せると、ギュッと力を込めた。
とはいえ、テイムされているからといって虫は恐怖を誘うのだろうか。
時折女性の悲鳴が耳に届けられる。
きっと気のせいだ。
二匹の可愛さか、カッコよさに声が出ているんだと、インは勝手に解釈してやり過ごす。
「久しぶりに回って見よ! ミミちゃんは……、輝石の中からでごめんね」
虫たちと暮らすための家を買う予定ではあるが、使わないというのは損だ。
インは予め使用できる金額を決め、立ち並ぶ屋台を覗いていく。
今まで聞いた事もない効果を持つ魔道具たち。
身体強化系や、剣士であっても簡単な魔法を扱える長い水晶。
はたまた普通の女性には必需品なのか、MPを支払うと虫が嫌うにおいを発するお香まで置かれていた。
インは女性向けアクセサリーを付けてみては、アンとウデに感想を求める。
たい焼きを買って一口、口内で転がして冷ましつつ、甘い餡子としっとりとした生地を楽しむ。
夕飯を食べた後のおやつは、少しだけ悪い事をしている気分だ。
知り合いがいないか、インは自然と視線を右に左にやってしまう。
(お茶が良いかな? それともクエン酸? まぁいいや)
たい焼きを四等分に割り、アンとウデの口に運んでから次の店へと入っていく。
(これだよ! ミミちゃんだけ仲間はずれなのは残念だけど)
そっとインが悲しそうな顔を浮かべれば、手に掴んだミミの輝石が揺れ動く。
(気にしないでって言っているのかな? ミミちゃんは優しいね)
「おーい、虫の嬢ちゃーん!」
「ひゃう!」
ミミの輝石を人撫でし、次の店を向かおうとしたところで、後ろからそんな声が上がった。
ビクンと後ろめたさから、背中が跳ねるイン。
冷水をかけられたかのように楽しい気分が吹き飛び、絶対に振り向きたくない衝動を抑えて振り向いた。
「なんだなんだ? 悪さでもしたのか?」
「いえいえ、別に何もしてませんよ。夕飯後にたい焼きを食べたとか、決して」
「……小学生か。ゲームの中だし、現実だとしてもその程度は悪くないよ」
綺麗に焼けた小麦色の肌に、少し小さめな体系のドワーフ。
豪快な笑いで吹き飛ばした彼女は、この前マーロンの店で出会った畑について悩んでいた、マーロンからフィールと呼ばれていた女性だった。
「そういえばきちんと自己紹介してなかったな。あたしはフィール。主に畑の生産職を営んでいる身だ。種族はドワーフ」
ドンと胸を叩いたフィールから差し出された手を、インは二匹が移動するのに危なくないか、若干あたふたしながらも握り返す。
「そういえばそうでしたね。私はインです! インセクトのイン。これといって何かを中心にってわけじゃないですけど、一応『調合』と『調教』を使って、虫ちゃん達と一緒に戦っています! 種族はエルフ」
「おお元気良いな、よろしくな、虫の嬢ちゃん。ところでクソ害獣いないのかい?」
「最近見つけた精霊について、調べ周っているらしいです。学校であったときも、今まで見てきたどの神話に当てはまるか、どの有名作品の設定に似ているか、大本が分かれば細かい部分や隠された設定、線を繋いでいけば分かるかもしれないから~。って」
最近の作品に目新しい物は必ずといって無い。
どこかで見たことあるような何かが紛れ込んでいる。
類似するものだって現れている。
それをこういう風に考えたんだろうな、名前を付けたんだろうなという、転換ぶりを見るのが楽しいとピジョンが語っていたのを思い出す。
なお、目の下に隈ができそうな勢いだったので、インが全力で止めようとしたら、膝枕と耳掃除を要求されたのも記憶に新しい。
「こっわっ。久しぶりに背筋が凍ったんだけどあたし」
「熱心ですよね! 一つの物事にあそこまで集中できるのは、心当たりがありますから!」
「あんたらが言った時の説得力が凄まじい」
呆れた様子で肩を小さくしたフィールは、次いでパチンと響くほどの強さで頬を叩く。
「そうじゃなくてだな。マーロンから聞いた。家を買いたいんだってな。どうだ? 高額なフォンを払うから、少し手伝ってくれないか?」
雰囲気ががらりと切り替わった。
ニヤリと頬を動かしたフィールから、少しだけいたずらっ子のような笑みも混じっているようだ。
通販でお宅にだけ特別価格といった怪しい取引を行うかのように、フィールは堂々と言い放った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます