強さの秘密

 イベント二日目。

 いつものきれいなベッドではなく、ボロボロの床でインは目を覚ます。

 外は変わらず光なんてものは差し込まない。

 少しキョロキョロと見渡し、隣でピジョンが寝ているのを確認したところで、ようやくここがゲームの中であるのを思い出した。


 時刻を確認すれば、現在七時三十分。


 いつもであれば学校に登校する時間である為遅刻は免れないのだが、リアルでは恐らく一時間と少ししか経っていないのだろう。

 VRヘッドギアの技術力に感嘆しつつも、インは隣にいるピジョンの体を揺らして起こそうとする。


 ううんとピジョンは少し身をよじらせると、目を開ける。

 そして焦点の定まらない瞳でインを見つめて一言。


「……杏子……ちゃん?」

「ええっ!!?」


 インの叫びで完全に目を覚ましたのか、はっと寝袋のままピジョンは起き上がる。

 インと同じように周囲を見渡し、ここがどこであるのかを焦ったように確認する行動に出る。

 そこからピジョンは寝袋から抜け出すと、さっきの言動を思い出して素早くインに問う。


「インちゃん。私今変なこと言ったかな~?」

「えっと、いっ、言ってないですよ?」

「……それは言ったって事だよね~? ま、ここはインちゃんの優しさに甘んじるとするかにゃ~」


 ピジョンは今度こそ目を覚ますように首を振り、両手を伸ばし、意味はないが軽く屈伸運動などのストレッチで体をほぐしている。


「さて、インちゃんの愛がこもりに籠った手作り朝ごはんはないのかな~?」


 知らないというのは罪であり、同じくして幸せなのかもしれない。

 ピジョンは茶化すように両手を出して、インに朝ご飯を所望する。


「朝ごはんですか? すいません。作ってないです」

「そんなぁ! インちゃんのラァブが詰まったご飯が食べたかったのに。残念」


 分かりやすくがっくりと項垂れテンションを下げるピジョン。


 何度言おうと、インの手持ちにはウルフの肉は入っていない。

 イベントをやる前にグリージーウルフと戦っているが、ウルフを倒したのはリーダーのウルフでありインの仲間ではない。

 その為ドロップは全てあっちに行っているのだ。

 今ある物といえば、グリージーウルフのドロップしかない。


「すいません」

「しょうがないにゃ~」


 枕を貸してくれたのに、何も返せない。

 インが頭を下げて謝ると、ピジョンはパックに詰まったゼリー状の保存食を取り出し渡してきた。


「はいこれ、インちゃんの分ね」

「い、いいんですか?」


 枕の件から、なにからなにまで。

 いいのいいのと軽いピジョンから受け取ると、インはチューブに口を付けた。

 口いっぱいに広がる、爽やかなグレープ味。

 舌でも潰せるほどに柔らかい朝食を済ませると、そこからインは廃墟にあるクモの巣をじっと観察し始める。

 いつもアンやミミから受け取っていた虫成分を補充するためだ。

 どのクモの種なのかを想像するだけでも、インの五臓六腑に虫成分が染み渡っていく。

 思わず、恍惚な笑みを浮かべているほどに。

 そんな彼女をピジョンは若干引き気味に見つめることしばらく、廃墟から抜け出てくる。


「じゃあインちゃん。一旦これでおわかれだね~。夜になったらまたここに集合」

「はい! あっその前にいいですか?」

「何かにゃ~?」


 インは昨日出さなかったライアからもらった魔法少女服を取り出し、ピジョンに見せてみる。

 HPMP共に最大値を999増やし、『光魔法』アビリティLV246を使えるようにする、明らか規格外のバカげた装備。

 彼女なら、これがイベントでは普通かどうかわかるかもしれない。

 ピジョンは魔法少女の服を見ると、一目でライアが着ていたのと同じものだと分かったのか、口を開けて感嘆する。


「あの魔法少女が着ていた奴と同じ奴! そう言えば言ってたもんね。インちゃん魔法少女に誘われたって」

「せめて一緒に着ようと言われたんですけど、できればアンちゃんとミミちゃんに先に見せたくって」

「なるほどね~。流石、虫好きマニア!」


 ピジョンのおだてる言葉に、虫好きの変態は「えへへ~」と嬉しそうに頭を掻いて続ける。


「それでピジョンさん。この服の効果ってイベントだと普通なんですか?」

「ンンゥ~。どれどれ……なにこれ?」


 インが魔法少女の服を見せた瞬間、さっきまで軽い雰囲気を纏っていたピジョンの目が鋭くなる。

 今までのピジョンとは違う「なにこれ?」の言葉で、やはり何かがあるのだろうと察することができた。


「こんな効果、今までのイベントではなかった。『光魔法』のLVをプラス276するって何?」

「えっ? 待ってください! 上がるLVは231のはずですよ」


 たとえ元の15を足したところで、上がるLVは246のはず。

 決して276なんてさらに馬鹿げた数値になるはずがない。

 インはピジョンに飛ばしたウィンドウを、自分でものぞき込んでみると。


 大回復の魔法少女服(黄)


 この服を着たものに、マジカルでミラクルな力を与える。

 効果HP自然回復Ⅰ、MP自然回復Ⅰを付与し、『光魔法』アビリティLV15相当を使えるようにする。


 今イベント最中、HPとMPの上限が999上昇し、『光魔法』アビリティにプラスLV276。HP自動回復Ⅱ、MP自動回復Ⅱを付与し、『魔力増加LV45』する。



 もう言葉も出なくなっていた。

 前見た時も明らかな規格外だったが、今見ている効果は飛びぬけているなんてものじゃない。

 流石の初心者のインでも理解できた。


 この服はぶっ壊れている。


 それでいてライアには何かがある。

 ずっとインベントリの中に入れていたから、ライアに何かができるはずがない。

 もしできるのであれば、ゲームのシステム面に介入できる事となる。

 そんな化け物、侵略者側が倒せるはずがない。

 となれば今、このタイミングでライアがすぐ近くにいて何かをしたのか。

 それとも昨日ライアが何か行動を起こしたからこうなっているのか。

 考えうる可能性はいくらでもある。

 たったこれだけ。

 たった一着。

 服の情報だけで、ライアの怪しさが一気に増していく。


「先に断りを入れておくね」

「何にですか?」


 インが聞き返すと同時、ピジョンは目を閉じ終える。

 すぐに見開かれると瞳が薄く、透き通るような空色へと変わる。

 その状態で魔法少女服を凝視する。


 使用しているスキル名は看破。

 ガラクタなどの、一見用途不明なアイテムなどに使用することで、真の能力を判明させる効果を持つ『盗賊』アビリティのスキルの一つだ。

 情報屋でもあり検証班でもあるピジョンは、なにに対してもアイテムを調べられるように、どちらのデータでも必要なアビリティだけは取得するようにしている。

 ピジョンはしばらく難儀をしているような表情だったが、次第に絶句へと変わっていく。


「インちゃん。この服、イベント最中は絶対に装備しない方が良いよ」

「えっ、なんでですか?」

「これ、戦闘中以外に装備すると毒Ⅹ、麻痺Ⅹもついてくるみたい。装備したら最後、HPが1になって気絶するとこだったね」


 今度はインが絶句する番だった。

 もし仮に、ピジョンの言う通りそんな効果が隠されているのだとしたら。

 今頃自分が目を覚ましていた場所が違ったかもしれない。

 ピジョンが『看破』スキルを使って教えたからか、インの詳細データにも毒Ⅹ、麻痺Ⅹの効果が隠す必要もなくなったとばかりに表示される。

 それが余計にインの不安を募らせ、表情を曇らせる。


「きな臭くなってきたけど、でも決定的な何かが足りないんだよね~。インちゃん。もう一度あの魔法少女と接触できる?」

「はい。むしろ集合となっていますので」

「集合!?」


 ピジョンは再び目を閉じる。そして一気に瞼を上げると、今度はわずかに紫色へと光輝いた。

 『看破』と同じく『盗賊』アビリティなどに入っているスキル、『イーグルアイ』だ。

 昔はゴミだとか持っていても使えないと言われていた内の一つだった。

 しかし今では、ある検証班の一人が遠い距離の物が見える。

 夜目まで効くと、恐ろしいまでの実用性を立証してしまったため、奇襲する際になくてはならないアビリティとなっている。


 隅々まで調べた結果、誰もいなかったのか彼女はほっと一息つく。


「ピジョンさん。どうかしたんですか?」

「いやなんでも。インちゃん。急で悪いんだけど、私ちょっと行かなきゃならなくなったからさ。だから危険かもしれないけど、もし接触できたなら私が聞きたいことを聞いておいてくれないかな~?」


 ピジョンはインベントリから紙を取り出し、ペンを滑らせ聞きたいことをつらつらと書き連ねる。

 そしてペンをしまうと、押し付けるようにインに紙を渡す。


「これね。お願いするよ~! 集合は魔法少女と別れた後ここ。位置はマップで確認できるからね。それと万が一のためにフレンド通話は使わない事。じゃ!」


 伝えたい用件だけを早口で並び立てると、ピジョンは右左確認して姿を影のようにして去っていった。

 ポツンとその場に一人残されるイン。

 この後どうすればいいのかさっぱり分からず、適当に足を踏み出す。


「あっ、こんな場所にいた! イン、探したよ!」


 運の良い事にインから接触するはずの魔法少女が、乗っているほうきから飛び降りて空から降ってきた。

 探したと言葉にあるが、息切れ一つなくライアには疲れた様子などみじんも感じない。


「ライア!? 随分と早いね?」

「これくらい全然速くないよ! さっ、行こ行こ!! 昨日と同じように町を案内してあげる! 質問とかあるなら、どんどん聞いてくれて構わないよ!! イン!」


 ライアが天に左手を伸ばすと、ほうきが杖へと変化しライアの手に収まる。

 まさに一昔前のような魔法少女の動きなのだが、全くそのことを知らないインは瞳を輝かせる。

 そんなインの手を、「また後で見せてあげるから遊ぼっ!」と、ライアはせわしなくインの腕を右腕でひったくると、町中をこのまま駆け抜けていった。

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