閑話:ちょっとした日常

「ねぇイン。本当に魔法少女をやるきない?」

「うん。こればっかりは」


 寂れた町中。

 道端に座り込んでいる住民と対照的に、何かお宝があるのではと町を探索するプレイヤー達。

 片や絶望、片や和気あいあいと酷い落差だ。


 そんな世界でライアは、平均台のように瓦礫の上を歩く。

 所々骨組みが突き出ていて危ないのだが、ライアは気にもしないでタンタンと軽やかにステップを踏むかのように避ける。


「そっか。でもわたし、諦めないから! ぜったい、ぜぇーーったい、魔法少女になってもらうからね!」

「ごめん」


 乾いたようにインは、作った笑みを浮かべる。無理な物は無理である。

 ライアは何を思ったのか瓦礫からぴょんと降りて、インの傍まで行く。


「謝る必要はないない! 最後になってくれればいいんだから」


 二ッと、歯を見せて陽気に笑うライア。

 何かを気負う訳でもなく、気にしている様子もない。

 ただただ純粋に、少しだけ「あーあ~」と気落ちするような声を出すだけだ。


(ホントなら着てあげたいけど、ピジョンさんの言う事もあるから)


 確かにライアという名前は、英語で裏切りを意味する。

 しかし純粋そうに、過呼吸を引き起こしている住民に近づき癒やすなんて事を、本当の悪人はするだろうか。

 ライアの様子だけを見れば、インには到底本当に悪い人のようには思えなかった。


「そういえば普段ライアは、この町で何をしているの?」


 さりげなく魔法少女から話題を変えるイン。

 こんな自然もなく、世紀末のような町。

 どこで何をして時間を潰しているのだろうか。

 それとも楽しむことができないほどに、侵略者が攻めてきて困っているのだろうか。

 インはライアの答えを待つ。


「うーん。イン達外の人から見たら、おもろしそうなものはないかもね! 流石に勝てる気もしないし! でもこれでも、案外楽しめそうなとこはあるんだよ。例えば…………、ごめんやっぱないや! 流石に外の世界には敵わないよ」


 顎に指を当て、一生懸命考えていますよと言ったポーズをとるライア。

 流石に瓦礫だけで楽しむ事はできないようだ。

 むしろ何の遊具もなしに瓦礫だけで楽しめるのは、かなりの猛者であろう。


「ねぇイン。外の世界には何があるの? めいいっぱい広がる塩水とか、何の違和感もなく体に入ってくるほどおいしい空気が味わえるもり? があるって本で読んだことあるけど……」

「うん、あるよ! 地平線の彼方まで広がる海。虫ちゃんがいっぱい生息している森!」

「……やっぱりあるんだ! いいなぁイン。わたしも行ってみたいなぁ! でも……、ううん。何でもない」 


 知らない未開の地。

 本当に見たことが無いのか、胸のあたりで手を組んで見せたライアは、瞳に憧憬の色を映す。

 その表情と仕草は、針となってインの心臓に突き刺さった。

 ライアがNPCと知っているからこそ。

 ここに、長くはいられないと知っているからこそ。


(本当にライアは、現実にいない存在、NPCなんだよね。でも、話していると本当にいる人間と何も変わらない)


「どうしたの、イン? 元気ないよ?」


 心配そうに顔を覗き込んでくるライアに、インは手と首を振る。


「ごめん! 何でもないから。あっ、ライアのつけている花のブローチ可愛いよね」


 咄嗟に出てきた言葉。ライアは少しインから離れて呆れ顔になる。


「誤魔化し方雑だよ、イン。でもそうだね。このブローチは、ある大切だった人の贈り物だから。黄色百合。その人から、最初に貰ったプレゼント」

「そうなんだ。……だった?」


 過去形。

 その人に何かあったのだろうか。

 そうインが考えこもうとする前に、ライアは急に走り出す。


「ほらほら! そんな辛気臭い顔しないで! こっこまっでおっいでー!」


 ライアが挑発するように遠くから手を叩く。

 戦闘の時と違い、かなり出力を抑えているのだろう。

 インの目にもちゃんと映る程度の速さだ。

 だからこそインは「待ってよ~!」と、遠くに逃げるライアを追いかけた。

 そして再び別れの時間が来るまで遊び、外の世界について語るのだった。

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