イベントについて

「おねぇ! 見た、イベント告知!」

「イベント告知?」


 焼きそばをミキサーで混ぜて作ったペーストを食べる杏子に、デスソースを大量に振りかけるほむらが立ち上がり話しかける。


「見てないのおねぇ? しょうがない。教えて――」

「落ち着けほむら。せめてデスソースを振りかけながらしゃべらないでくれ。手が付けられなくなっても知らないぞ」

「大丈夫! 辛味はこの世の心理。わたしのレベルを一つ上げる、この世すべての美味しさをぎゅっと濃縮したものだから! むしろどんとこい!」


 リアルに数値化できるLVはないだろうと、特に何の面白みもなく青海苔が降りかかった焼きそばを食べる悠斗。

 常識人である彼は、今のように何度か二人の食べ方を注意したことがあるのだが、一向に止める気配がない。

 もうそういう食べ方があるのだろうと、脳についてある辞書に新しく書き加えているほどだ。

 簡単に言えば、匙を投げている。


「それで、イベントって何? 祭りでもするの?」

「ああ、不定期的にな。今回は――」


 話を聞いてみると、大規模プレイヤーVSプレイヤー、通称PVPをやるらしい。

 イベントの名前は『空から突如として現れた侵略者軍と、それに立ち向かうはひとりの魔法少女、勝負を決めるのはあなた達だ!』であり、付随してテーマは『裏切り』となっている。

 この『裏切り』はそのままの意味で、プレイヤーは最初に魔法少女に加担するのか、侵略者に加担するのかを決めて戦いあうという物なのだが、途中で負けそうになったら陣営を変える事ができるらしいのだ。

 とはいえこれが許されるのであればゲームとして成り立たなくなるのか、負けようが勝とうがどちらにせよ報酬は貰える内容となっている。

 当然、勝った方がより豪華な報酬にはなるのだが。


「へぇ~、お兄ちゃんとほむらはどっちの陣営につくの? 私はやっぱり魔法少女かな」

「杏子はやっぱそっちか。俺はこのイベント、侵略者の方に行こうか迷ってるな」

「なんで? 名前だけなら、魔法少女の方が良いと思うけど」


 何故強い悠斗が一見正義の味方に見える魔法少女側ではなく、悪に見える侵略者側に着くのか、不思議に思った杏子は尋ねてみる。


「おねぇ、実はどっちに着くかで報酬が違っててね。魔法少女に加担すると、アビリティや特別な物がもらえるんだけど、侵略者に加担するとSPが貰えるんだよ!」


 そこからどっちに着くかで報酬が変わるどころか、終わった後のエンド内容も変わる。

 だからこそLVが上がりにくくなって、比例してSPを手に入れることが難しくなったプレイヤー達は、わたしも含めてみんな侵略者の方に行くんだよ、と付け加えるほむら。


「ええっ! それじゃあ魔法少女側ピンチなんじゃ!? 地球が!」


 杏子が危惧したのは、ファイやハルト、二人の協力があってアンが進化する前は最低限戦えるようになったのに、それがまとめて敵になるのでは魔法少女側は絶対に勝てないんじゃないだろうかという事だ。

 さらに今の進化ではなく退化したアンでは勝ち目がない。

 それらを含めての杏子の言葉であったが、ハルトは不敵な笑みを浮かべる。


「どうだろうな。アイテム目当てが一人もいないとは限らないし、検証班だっている。そもそもこういうPVPイベントは、LV差がちょうどいい同士でやるからな。それにこれはゲームだ」

「おねぇ、舞台が地球とは言われてないでしょ。少しでもプレイヤーの罪悪感を無くすために、地球によく似た別の星って明記することが多いんだよ。それにおにぃが言っていた通り、これはゲーム。道徳観を持ち込む場所じゃないんだよ」

「そう、なんだ。分かった」


 そんな会話していると、杏子がゲームを楽しめているかの話題へと次第に変わっていく。

 アンの進捗やどんなアビリティを取ったか。新しくフレンドができたかなどで盛り上がる。


「そう、新しいフレンドができたんだ! 名前はピジョンさんっていってね」


 杏子がピジョンの名前を出すと、食卓の場が南極のように冷えていく。

 続けてどんな印象だったのか、どんな装備でどんな事を質問されたのかを険しい表情で聞かれていき、杏子は特に警戒することなく答えていく。


「ピジョンさん……。それって、おにぃ」

「ああ、間違いなくあの悪名高い情報屋のピジョンだな。そうか、思えば杏子は見た目や虫に対する印象があれだしな。ターゲットにされる危険性があったか」


 ほむらが悠斗の近くに行き耳元で確認するように囁くと、悠斗もやっちまったとばかりに頭を抱える。


「えっと、何の話をしているの?」


 ひとり状況を飲み込めていない杏子が恐る恐る尋ねてみると、ピジョンの悪評を話し始める二人。


 曰はく、情報や検証の為なら他プレイヤーをほとんど顧みない。

 あと少しで倒せそうな強い魔物との戦闘に、勝手に割り込んで倒したこともあった。

 ドロップアイテムや経験値は、チームを組んでいなければ手に入れることができない為、メンバーでないピジョンが倒すと、すべてピジョンに入ってしまう。

 しかもそういう時に限って、レアドロップが出たと目の前で言うものだから質が悪い。

 他にも敵対魔物を擦り付けて来るトレイン行為。

 ピンチだから取り出したアイテムを奪う泥棒行為。

 アビリティが手に入るかもしれないと、手当たり次第にプレイヤーを忍刀で斬りかかる、通称プレイヤーキルまでしてくる。

 これでNPCに危害を加えないし、攻撃も全く当たらないのにチームの要を真っ先に狙いに来るからムカつくと、憎々し気に思い出すかのように答えるのはほむらである。

 おかげで指名手配されたこともあったが終始捕まることはなく、結局NPCへの印象は良かったものだからすぐに指名手配は取り消されてしまった。

 そのせいで廃人プレイヤーは、ピジョンを見かければこぞって嫌な顔をするほどの悪名高いプレイヤーなのだそうだ。


「そんなに悪い人とは思えないけど……。『調合』の事教えてくれたし」

「『調合』!? まさか自由枠を使って取得したのか!」


 怒鳴るような悠斗の言葉に杏子は思わずダメだったのかと返事を返そうとしたが、寸前でピジョンの言葉で思いとどまる。

 しかし悠斗の態度がどうにも気になった杏子は、自分の意思で決めたことを先に表明してから逆に聞き返す。


「それ、『調合』を取るように遠回しに扇動されただけだよ。知ってたらあんなアビリティ取らないって」

「でも魔物のえさを作れるって」


 苦し紛れに杏子は言葉を出すが、それも届かない。


 曰はく『調合』で作れるものは、もう生産職トッププレイヤーが作っている。

 その商品は安く売られているため、それらを買えばいい。

 『調合』は『自由枠』を使わずとも、調合キットを買って薬草と水を混ざり合わせていれば簡単に取得できる。

 最後に『調合』アビリティは、それこそ仲間が近くにいなければ杏子もやってしまったように気づいたら魔物にやられる為、いちいち素材を取って町に戻る必要があるなど、どれほど不遇な物なのかをほむらは必死に教えようとする。


 そうしてこれらの説明を聞いた杏子の反応だが、答えは「へぇー」であった。

 なんせ二人が話した内容のだいたいは、ピジョンが事前に教えてくれている。

 そのうえで自分の作った魔物のえさを食べて仲間になってほしいと考えて取っている。

 人に促されて取ったのではなく、自分で選択して取ったものなのだ。


「とまぁ、『調合』について説明してみた訳だが、その様子だと全部知っているようだな。ピジョンから聞いたのか?」

「うん、全部ピジョンさんから聞いた。魔物のえさを作るまでの最短ルート? っていうのも教えてもらった」

「ホントに!? あのピジョンが教えたの!? 嘘でしょ。ありえない。ねぇおにぃ、もしかしたらおねぇの言うピジョンさんって、別人なのかも。それとももしかして……、どれくらい吹っ掛けられたの!」

「ピジョンさんに辛辣過ぎない!? 確かに最後の情報はお金がかかるって言われたけど、今までの情報はすべて無料だったよ」


 辛辣も何も、すべて真実だと答える杏子。

 あまりにも信じられなかったのか、すでにほむらの表情は驚愕へと染まっている。


 どうもピジョンからそんな雰囲気を感じることができなかった杏子は、ひとまずこの話題を後にし他の楽しい話題へと切り替えるのだった。

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