進化という名の退化?
進化。
それは生物の種類の多様化や、環境への適用による機能、行動、形態によるものや、はたまた社会が発展するときに用いられる言葉。
生物はこの進化と呼ばれる現象を、古き時代から幾度となく繰り返しやって来ており、その都度何かに特化し、逆に弱くなって来ていた。
その進化が、アンの身に起きようとしていた。
種族 アリ
名前:アン LV11
HP20/33 MP0/0 消費最大MP25
筋力28
防御18
速度11
魔力0
運7
技能 『筋力増加LV6』『蟻酸ぎさんLV8』『頑丈顎』『防御増加LV4』『アサルトヘッドLV3』
可能な進化先
忍びアリ
暗闇の中で姿をくらまし、相手を翻弄して奇襲を仕掛けてくる素早さや隠密に秀でるアリ。
メタルアント
鉱石を食べるようになり、並みの剣では寄せ付けないほどの硬さをその身に持つ。筋力と防御に秀でるアリ。
ジャイアント
尾部から鉄を軽々と溶かすほど強力な『蟻酸』をだす。さらに巨大化できるようになった筋力のみに特化したアリ。
女王アリ レア
すべてのアリの生みの親であり、アリ社会を織り成す統率者でもある。特別なアビリティと筋力、防御に秀でる代わりに、大きさゆえ速度が減少する女王アリ。進化条件は愛のある環境である事。
「なにこれ! アンちゃん進化できるって! ねぇ何になりたい?」
いくらレア進化できるとはいえ、虫生を同意なしに勝手に決めるのはどうかと思ったインは、視力が弱いアンの為に一字一句読み上げる。
自分でこっちがいいなと思う物があったとしても、自分の行く道を選ばせてやりたいのだ。
そしてアンの回答は、女王アリへと真っ先に前足を上げて刺した。
やはり通常の進化よりも、レアな進化の方が良いのだろう。
一切の迷いのなさであった。
(やっぱりレア進化だよね。もしかしたら私が運にステータスを振ったのが、活きてきてたり……。うん? 運に振る。もしかして)
インはさっそくレア進化の女王アリを押そうとして踏みとどまる。
首や触角を動かし、なかなか始まらない進化に怪訝とも取れるしぐさをするアンを置いて、インは何かに取り付かれたかのように自分のステータスを開くと、持っているSPすべてを運につぎ込んだ。
進化の衝撃で抜けてしまったが、冷静になって考えなおしてみると思い出せたのだ。ピジョンの言っていた運につぎ込むと、ちゃんと意味があるという言葉を。
SPが減少する代わりに運のステータスが上昇していく。
するとどうであろうか。アンの進化に新しい進化先が表示されたではないか。
王女アリ 激レア
守られすぎてしまったのか、逆に未成熟となってしまったアリ。数百年に一度しか生まれないとされる先祖返り。今までよりもステータスがぐんと下がってしまう為、生存競争で生き残れないが……。進化条件は愛のある環境で育ち、なおかつよほどの運がないと進化できない。
「アンちゃん! 激レアだって!」
今までで一番といってもいいほどの興奮を前面に出すイン。
急な主の変わり様と耳元で高い声を出されたせいで意識を殴られたのか、アンは腹いせに主の腕にはさみを向ける。
しかしすぐにインから内容を聞くと、アンもこっちにするとばかりに触角を動かす。
強くなるレアより、いくら弱体化されると書かれてあっても、激レアを選択したくなるのは人と同じ性なのかもしれない。
それとも何かを感じ取ったのだろうか。
今度こそ迷いなく、インはアンの進化先を王女アリに決定する。
「ボタン押すときは一緒に押そ!」
インはアンを膝上に置いて、一緒に王女アリの欄を押す。
瞬間、アンの体が光に包まれ、球体に変わる。
イベントの告知もなしにいきなりそんな現象が起こったためか、ポーションを作るために川で水汲みをしていたプレイヤーたちの目を一斉に惹いていく。
インも進化の演出を見たことが無いためか、表情に困惑の色が現れる。
この場で全く動じないのは、進化の現象を一度でも見たことがある者のみである。
光は徐々に収まっていく。
そうして姿を現したのは、全長が40センチほどの目元がくりくりとした、さながら神の使いのように鮮やかな全身白いアリ。
そのアリは、どうだと言わんばかりにインを見上げる。
「か、可愛いよぉぉぉぉ! アンちゃん! まるで天使みたいだよ! いやこれは完全に天使だよぉぉ!」
なお、現実の白いアリで思いつく奴と言えば、額縁などを外した時に偶にいる家の木材を食べるあれである。
だがそんなものはゲームの中であれば関係などなかった。少なくとも、何人かの注目を集めているこの場でインだけは関係なかった。
「でもアンちゃんが進化したってことは、ステータスはどうなってるのかな?」
種族 王女アリ
名前:アン LV1
HP1/1 MP0/3 消費最大MP100
筋力1
防御0
速度0
魔力1
運10
アビリティ 『筋力増加使用不可LV6』『蟻酸使用不可LV8』『頑丈顎使用不可』『防御増加使用不可LV4』『アサルトヘッド使用不可LV3』『SP激増』
「えっと……HP1……?」
HP1。それはどれだけ防御が高かろうが一撃もらうだけで即死となるHP。
インはログイン二日目であるが、これがどれだけ由々しき事態なのか察することができた。
なんせHP3で弱い、今すぐにでもゲームをやり直すべきだとファイとハルトに言われたからだ。
それがまさかの1。
どう考えても自然界で生き残れるようなものじゃない。
しかし不運はそれだけじゃなかった。
「使用不可……って何?」
詳細を調べてみれば、現在『SP激増』以外のアビリティ、スキルを使用することはできないようだ。
つまり今まであれば、『蟻酸』の遠距離攻撃で何とかなっていたレベル上げすらできないといった状況になっている。
完全な詰み。
まさに運営の悪意しか伝わらないステータス値である。
やってしまったものはしょうがないので、インは光明に縋りつくかのように『SP激増』のアビリティを確認してみると。
SP激増
様々な可能性へと昇華できる、天から恵まれた器。サナギの段階の為強大な枷がかかる反面、可能性は成長を促進させる。
レベルアップ時に貰えるSPを三倍にする。
種族が王女アリの場合、HPの最大値が上昇しない。
(な、なにこれぇぇぇぇぇ!!!)
これでステータスが元のままであれば一つまみの希望があっただろうがそれすらない。
一体その可能性とやらを昇華するために、どれほどの苦汁を舐めなければいけないのだろうか。
今すぐにでも運営に、これは進化ではない、退化だと苦情を入れたくなるレベルであった。
あまりの衝撃に呆然とするインを心配してか、アンが上目遣いで見上げてくる。
(そ、そうだよね。アンちゃんを心配させちゃだめだよね! 私はこの子の主なんだから!)
インは邪念振り払うように首を振り、頬を叩いてアンに笑顔を向ける。
「アンちゃん、大丈夫だよ! 私は絶対にアンちゃんを見捨てないから」
そう、ここまでデメリットしか見ていなかったが、アンのレベルが一度でも11になったという事は、インの『調教』アビリティもLV10以上に到達しているという事。
魔物をもう一匹新しくテイムできるようになったのだ。
これでアンが弱くなってしまった部分を埋め得ればいい。
仲間とは足りない部分を補う物、そういうものだとインは前を見つめる。
「でも、そのためのえさ」
しかしインが『調合』をしているのは魔物のえさを作るため。
新しく仲間をテイムしに行くと言っても、肝心のえさが無ければどうする事もできないだろう。
(こういう時どうするか。お兄ちゃんたちに……ってそうじゃない。ピジョンさんがこういう時どうするか、何をするかは聞かないようにって言ってたもんね。ならっ)
再びインは調合キットを見やると、ポーションを作ろうと手を伸ばす。
ポーションづくりを再開して、魔物のえさを作る決意を固めたのだ。
そうと決まればとインはポーションを量産し続け、気づいたら最初の町の噴水前にワープしていた。
「あれっ?」
インはポーションを手に持ったままの状態で固まっていると、一般通行の人たちが微笑ましい目を向けてくる。
そして気付く。
いつの間にかアンと一緒に死んでいたのだと。
今まではアンが守ってくれていた為『調合』ができていたのだが、肝心のアンが弱体化してしまった結果、雑魚魔物にも一撃で倒されるようになってしまっていた。
それだけではない。
インのレベルが高く比例してHPが上がっているとはいえ、ステータスをすべて運に振ってしまった為、防御はLV1のプレイヤーよりも、同じ極振りじゃなければ低いものとなっている。
さらに気付かなかった要因は、インがポーションづくりに集中していたのも挙げられるが、そんなものは関係なかった。
インは一刻も早くアンを蘇生させてもらおうと、教会に向かっていく。
「アンちゃんごめんねぇぇ!」
教会にいる神父NPCの前でいつも通り盛大にアンへと頬をすり寄せると、より一層『調合』を上げて魔物のえさを作る決意を固める。
そしてインは夕飯の合図が着てログアウトするまで、ひたすらにポーションづくりに熱中するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます