調合
(調合キットはあそこに置いてあったよね)
立ち並ぶ屋台の商品が誘惑してくる中、インは迷いなくNPCの開いている店に向かい、100フォンを払って調合キットと、一つ10フォンするポーションを入れるために必要となる瓶を十つ手に入れる。
思い返せば、インがゲーム内で買い物をしたのはこれが初めてだ。
湧き上がるワクワクを抑えきれず、ついスキップでもしそうなほど軽やかな足取りで草原に向かっていった。
インが草原に到着すると、すぐ近くを蛇のように線を描く川まで瓶を片手に歩いていく。
心地よく緩やかに流れる水を音楽に、持っているすべての瓶に満タンになるまで水を入れ込み、水の準備を整える。
(みんな始まりは同じなんだね)
周りを見回してみれば、同じようにポーションを作るつもりなのか、調合キットを置いて水を汲んでいる初期装備の布の服を着ているプレイヤー達。
彼らは水を汲むと一様に町に戻っていった。
インはそれをしり目に、買ってきたばかりの調合キットを取り出してみる。
調合キット
様々なアイテムを道具を活用して混ぜ合わせ、新しくアイテムを作り上げる。
調合キットは四角形の箱の形をしており、枠を掴んで中を開けると、まず最初に映るのは鍋のような形をした壺。
その隣にはお玉とゴマなどをすり潰すときに見かける乳棒と乳鉢、じょうごと呼ばれるペットボトルの口などに挿して入り口を広くさせる物に、折り畳まれた説明書の紙が入っている。
「何々、入れる量と混ぜ合わせる時間、組み合わせる素材と、『調合』のLVによってできるアイテムの効果が変わる?」
いつまでも読んでいては仕方ない。
習うより慣れよ。
インは説明書を元に戻し、調合キットの壺の中に瓶の水を一つくべると、壺の約四分の一が水で満たされる。
試しにインは、この状態で瓶の中をお玉で回してみるもなにも変化がない。
やはり他にアイテムを入れてみないとだめなのだろう。
「それじゃあ薬草を投入っと」
インはインベントリを開いてマウスからドロップした薬草を一つ投入してしばらく、火を付けてもいないのに勝手に水が沸騰して泡が浮かんでくる。
手をかざしてみれば湯気が当たり、確かな熱も感じる。
そのままお玉でかき混ぜてみると、薬草の黄緑色が水に映っていき、薄緑色へと変化していく。
「うーん、あんまり美味しくなさそう」
薬草が沈んでいる薄緑色の水を見て、インが率直な感想を述べる。
明らかにこのまま飲んでも効果は薄そうだと。
インはしばらく壺の中でお玉をグルグル適当に回していると、天啓を得たとばかりに顔を上げる。
「そうだ! アンちゃん、こっちこっち!」
インは近くで魔物を狩っていたアンに手を振って呼びかける。
アンは主の元へなんだとでも言いたげに近づき、触角をぴくぴくと動かす。
「アンちゃん。この壺の中に『蟻酸』できる?」
インは壺の中を指さし、聞いてみる。
アンはこれを肯定するように頷くと、インは『蟻酸』が入れられるちょうどいい高さまでアンを持ち上げる。
「アンちゃん。『蟻酸』」
壺の中に蟻酸が入り込むと、じわじわと中に入れられている薬草が形を崩して溶けていく。
アンを自由の身にしてからさらにかき混ぜていくと、それに応えるかのように薄緑色も濃さを強めていくが、しかし途中から薬草が溶けなくなってくる。
(あとはこれをかき交ぜてっと、……どれくらいかき混ぜていればいいんだろう?)
しばらく何の変化もないため、インは壺の中身をお玉ですくいあげれば、運動に表面張力が耐えられなくなり、下に零れ落ちていく。
そこから一滴も無駄にしないようにインはじょうごを用いて瓶の中に入れていき、これを数回。
最後に壺そのものを傾け入れ終わると、瓶は若干緑色を残した液体でいっぱいになる。
下級ポーション
HP30回復
インが確認してみると、出来上がったものは初心者用ポーションと同じ効果。
試しに見比べてみると明らかに色の濃さが違い、インの作ったものは若干の濁りが残っている。
しかし効果は同じ。
飲んでみれば『蟻酸』が入っているためか、抹茶の苦みとレモンの酸味が混同したかのような味であり、到底常人が飲めるものではない。
そう、常人なら。
(うん、美味しい! でもプレイヤーが作ったものだからかな。効果低い。アビリティLVも関係しているって書いてあったし、根気強く続けてこう。魔物のえさを作り上げるLVになるまで!)
インからすれば、ポーションの事など酷くどうでもよかった。
良い物が出来上がろうが、悪いものが出来上がろうが、魔物のえさを作るためのLV上げの過程としか受け取っていない。
むしろ『調合』アビリティを、魔物のえさを格安で作るためだけのアビリティとしか思っていなかった。
しかし水ではなく最初から『蟻酸』を使えばどうなるのか、水だけでやればどうなるのか、『蟻酸』や薬草の量を変えればどうなるのか、薬草を事前に乳棒と乳鉢で粉上にして入れればどうなるのか、やり口だけは変えていった。
理由は二つあり、同じ作業で眠くならない為と、効果の高い魔物のえさを作る練習になるからだ。
事実、インが試行錯誤を繰り返していくたびに、段々とポーションの効果が高くなっていく。
遂にはNPCが店先で置いているポーションよりも良い物となっていた。
初級ポーション
飲んだもののHPを50回復し、自然回復Ⅰを付与する。
一定時間内に飲みすぎると過度な体の再生に体が耐えられなくなり、負傷Ⅰを付与する。
そうこうしていると、インはあることに気が付く。
(これ、『蟻酸』を入れるタイミングや混ぜるときの力加減も大事なんだ)
そんなことを考えていると、インの中に一つの変化が訪れる。
ポーションづくりをいろいろ試していたからこそ、自然と植え付けられてしまった感情。
(楽しい!)
そう、気づいたらインは笑顔を浮かべ、次から次へと『調合』で出来上がる効果の違うポーションの類を楽しんでいた。
ポーションを作るには薬草を必要とするのだが、インの見えないところでアンがマウスを倒して薬草をドロップさせるため、切れる事がない。
逆に本来であれば、ここは魔物の出てくる草原であるため、調合をしている最中でも邪魔される恐れがある。
例えその攻撃が深手にならないものであっても、攻撃されれば気が散ってしまうのだが、常にアンが守ってくれるためインには関係なかった。
そうして『調合』をしていると、インのウィンドウに一つの言葉が表示される。
「進化?」
インの使役しているアンが、インを守るために迫る魔物を倒しているうちに、進化できるLVに到達していたのだった。
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