ピジョン 2
「それで鳥が声をかけたのは分かったけど、それならインちゃんがムカデをテイムした後とかでよくないかしら?」
「そうなんだけどね~。インちゃん、『調合』アビリティって持ってる?」
「調合?」
インの首をかしげる姿を見て持っていないことが分かったのか、代わりに差し出せる情報になると笑顔になるピジョン。
反面、料理と聞いて尋常じゃない態度で恐れ逃げたハルトを思い出し、口元が引きつくマーロン。
三者三葉の様子を見せる中、ピジョンは説明を開始する。
「『調合』は、いろいろなアイテムを組み合わせて、新しいアイテムを作るアビリティだよ~。プレイヤーたちは基本、この生産系と呼ばれるアビリティを使って毒や回復などのポーション、魔物のえさを作成するんだにゃ~」
「なっ、そんな神のアビリティがあったんですか!? それなら虫ちゃんをたくさんテイムできます!」
「あははー、落ち着いてね。調合をするには、調合キットっていう名前のアイテムが必要なんだよ。このアイテムはNPCの出す店に100フォンくらいで売っているから、500フォンかかる魔物のえさより格安で済むね~」
「フムフム、メモ用意しとかなきゃ」
ピジョンの話す内容を、アンやこれから仲間になる未知なる虫の為と、一字一句聞き逃さぬようメモを用意して書き留めておくイン。
その貪欲なまでに虫の為と情報を聞くインについ興が乗ってしまい、ピジョンはゲームをやっているのであればだれでも知りえる事を話し始める。
調合キットにはある裏ワザがあり、そのためにはLVが10必要である事、LVを上げるまでポーションを調合し続け、そこから色々派生して自由に作っていった方が良い事。
そしてもし、誰も持っていないようなアイテムや希少なアイテムができたら、初めは自分の所に持ってきてほしいと伝える。
こうする事で、序盤でお金を使いすぎて詰まないようにと意図も踏んでいるのだが、それに気づいたのはこの場ではマーロンだけであった。
すべてを聞き終えるとインはメモをパチンと閉じ、駆られたように自分のステータスを開いてみる。
種族 エルフ
名前:イン LV9
HP95/95 MP178/178
筋力1
防御1
速度3
魔力3
運2
アビリティ 『調教LV9』『自由枠』『自由枠』『指示LV3』
SP46
(うん。まだ自由枠は余っているから、ここにさっき聞いた調合を入れてっと。この『指示』アビリティって何だろう?)
インがウィンドウを操作すると、自由枠と書かれた場所に『調合』が入り込む。残りの自由枠はあと一つだ。
指示
味方を率いてるリーダーとしての資質。
このアビリティを持つ者が誰かを指示するような行動に出ると、指示された者のステータスを、アビリティLV×0.1%分上昇する。
(なるほど、こんなアビリティもあるんだ。残り自由枠はあと一つ。よく考えて使わないと)
『指示』アビリティを確認し終えると、インの横から大爆笑をかますピジョン。
「あっははははははー! まさかSPを一回も振ってないなんてビックリだにゃー!」
「まさかの行動ね。あの二人、これを教えないとか馬鹿なのかしら? 次来たら説教しないと」
「えっと?」
インが何のことか分からず困惑する。
「SPだよSP。それはステータスポイントって言ってね~。これは各種ステータスの横についている矢印を押して消費することで、ステータスを上げることができるのさ~」
「そうなんですか?」
「そうなのよね。MMOであれば常識中の常識だけど、インちゃんゲーム自体知らないでプレイしているものね。試しにって言いたいところだけど、これ振りなおし効かないし、どうしようかしら」
FreePhantasmWorldでは、SPのリセット行為はできないように設定されている。
後でこっちにしておけばよかったが一切通じない鬼畜設定なのだ。
それゆえに、最初に何をしたいのかぶれていなければ、この後も一切ぶれることなく楽しめる物となっている。
しかしこの機能、データを二つ作ることが可能な時点で、意味があるのか不明な物となっている。
しかし運営はそれでも、やり直しがきく人生はつまらないという方針で入れたままだ。
ステータスを上げることができると聞くと、インはSPの表示を見て考えだす。
「いいインちゃん? 見ててね~。こうすると~はい、上がりました!」
ピジョンは自分のステータスをおもむろに開くと、自分のSPを使ってインに割り振る様子を見せる。
「何やってるの」
「べ~つに~、SPなんて~私からすればただの飾りだからに~。もう一度見ててね。これは見ての通り、魔力に振ってもMPの最大値は上がらない。同じように、筋力に振ってもHPは上がらない。分かったかな?」
分かりやすいようにピジョンはわざわざSPを5ずつ割り振り、二つの最大値が上がらないのをインに見せつける。
これにはなるほどと、インの口から感嘆の声が漏れる。
(テイムするために必要なのは、魔力じゃなくてMP。で、MPの上昇に関係あるのは装備品や種族に特別なアイテムだけで魔力は関係ないと。それなら戦いはアンちゃんたちに任せればいいから、あって困らなさそうな運を上げようかな)
インは持っているSPをすべて、運と表示されているステータスに放り込む。
まさかの運極振り。
運のステータス項目が25になったところで、マーロンがダメだしするような、非難にも聞こえる言葉を発しつつ、机を叩いて身を乗り出す。
「ちょっ、何してるの!? 鳥はあんなに気楽にやってるけど、SPは振りなおせないのよ!」
「戦いは虫ちゃんたちに任せればいいですし。運って書かれているなら、虫ちゃんをテイムできる確率とか、アイテムのドロップ率とか上がりそうでしたので。ダメでしたか?」
一気に不安そうになるイン。
だが、その傍らにいるピジョンは心底おかしそうに笑っている。
「うーうん。全~然ダメじゃないよ。どこに振るかはプレイヤーの自由。そうだにゃー、インちゃん。今から言う事を復唱して。どうすればいいのか、何がいいのかあまり人に尋ねない。はい」
ピジョンは復唱してとインに手のひらを差し出す。
「えっ?」
「どうすればいいのか、何がいいのか、何をすればいいのかあまり人に尋ねない。はい」
再びインに手のひらを差し出すピジョン。
「増えてる!? えっと、どうすればいいのか、何がいいのか、何をすればいいのか、あまり人に尋ねない」
「はい、よくできました。多分あの二人にも自由にやるから面白い、楽しいって聞いたと思うよ。その通りで、自分のやった行動がダメだったかどうかを人に聞くのはあまり良くない行為。もちろん、絶対に聞いちゃいけないってわけじゃないよ。でもね、その意見には必ずその人の意見や主観が紛れ込んでしまうんだよ。一寸の虫にも五分の魂って言うでしょ。自分のやった行動が正しいかどうかは、後々自分が決めたり、周りに証明するもの。もちろん、私の言葉も主観たっぷりだけどね~」
語尾がふざけているが、検証班として人が絶対にやらないことをしてきたからこそのピジョンの言葉。
誰が人に指示されながら育成ゲームをやるのか。
無限通りにある育成や、プレイ方法にロールプレイの仕方を、なぜいちいち人に口出しされなきゃいけないのか。
ピジョンからすれば、はっきり言ってくそくらえだ。
「それで、本音は?」
前置きはいいから話せと促すマーロン。
「運に極振りするとか、なんて面白い行動するのかにゃ~!」
「こ・の・ク・ソ・ど・り・は。良いインちゃん? 私もこの鳥と同意見だと考えているうえで、口出しさせてもらうわ。運のステータスは、他のステータスと違ってSPを2消費してようやく1上がるの」
「そうなんですか?」
あまり事情を呑み込めていないインの言葉に、マーロンは頭を押さえて悩みだす。
「ステータスの運が無くてもレアドロップが出てくるときは出てくるし、テイムできるときはできるのよ。それに振るくらいなら、他のみんなは防御や攻撃に極振りするわね」
「えっとそれじゃあ、運に振った意味ってあんまりないってことですか?」
「いんにゃ、そこら辺も他の検証班がやってるから、ちゃんと意味があると分かっているよ。でもこれ以上はね~。情報屋だからちょっとくらいはずんでくれないとね~」
と言いつつ、机に頬をついて指で丸を作り金の形にするピジョン。
これ以上聞くのであれば、お金が必要になるようだ。
「うーん聞きたいですけど、ピジョンさんの忠告通り、聞かないでゲームを楽しんでみます。運に振るとちゃんと意味があるって分かりましたし、ありがとうございました!」
ここでピジョンはハッとした顔になりすぐ笑顔に戻す。
その横から、マーロンはわざとらしいとピジョンを半目で見る。
「うん、これくらいならいいよ~。それじゃあよいゲームライフをね」
「ちょっと待ってください。フレンド登録しませんか?」
ピジョンが席を立ちそのまま出ていきそうな流れになる前に、フレンド交換しないかどうか誘うイン。
いろいろ教えてもらったお礼や、今後できるのならどこか一緒に遊べればいいなと考えたのだ。
「…………フレンド交換? お安い御用だよ~!」
ピジョンは自分のウィンドウを操作して、今のデータでインとフレンド登録を交わす。
数回面白そうに笑みを浮かべると、もう用は終わったとばかりに席を立つ。
「それじゃあ」
「はい!」
ピジョンはインに何かを含んだ笑みを向けて手を振ると、店から出ていった。
ベルの音が寂しそうに遅れて鳴りやむと、続いてインも席を立つ。
「それじゃあマーロンさん。私も虫ちゃんをテイムしに――」
「待ちなさい。早く魔物のえさを作りたいのは分かるけど、その前に使えるようになった錆びた剣を受け取る手はずでしょ。もうちょっと待っててね」
マーロンが奥の工房に戻り、数回ハンマーを打ち鳴らすと、一振りの剣を手に戻ってくる。
「はい。良い剣だから、存分に使ってあげて」
マーロンが渡してくれたのは、墨汁を溢したかのように柄の部分が真っ黒な、どう見てもナイフにしか見えない小さく短い剣。
インが渡す前は刀身までもが錆色をしていたわけなのだが、これはこれで焼きが強すぎて焦げたのではないかと、少し不安に感じる出来栄えであった。
魔物の剣
魔物が落とした剣。装備したものの筋力を11上げる。
低身長のインが持ってみても、小さいと感じる魔物の剣。
これでもなんの装備もない状態からすればマシな装備である。
数回振って刻みの良い空気を切る音と感触を確かめると、鞘に気持ちのいい金属音を鳴らして収める。
「ありがとうございます! それじゃあ行ってきます!」
「行ってらっしゃい。私も良い物が見れたしね」
「?」
マーロンは口元に手を置いて、口角が上がっているのを隠す。
インは何を指して言っているのか分からず不思議に思い、首をかしげる。
マーロンには見えていたのだ。
ピジョンのフレンドにイン以外誰もいないのが。
フレンドリストを見たピジョンの顔が少しうれしそうだったのが。
そんなことを露とも知らないインはもう一度頭を下げる。
そしてアンと共に星の種から飛び出し、『調合』で魔物のえさを作れるようにするため、まずポーションを作り出すところからだと意気込むのだった。
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