ピジョン1 変態の片鱗
「アンちゃん、元気にしてた?」
ログイン二日目。
噴水広場に出てきたインは、同時に姿を現したアンにしゃがんで挨拶を交わす。
アンはその挨拶に嬉しそうに触角をゆさゆさ横に揺らし、インの保護欲を掻き立てるとそのまま胸元まで抱き上げられる。
(今日から一人なんだよね。虫ちゃんを仲間にできるよう頑張らないと!)
意気込みを確かに、アンを胸元に置いたまま気合を張るイン。
(でも何すればいいんだろ。とりあえず『調教』アビリティが上がりそうだから、そのためのご褒美と新しい虫ちゃんを迎えるための魔物のえさを買いに行く事と、マーロンさんが錆びた剣を使えるようにしてくれているはずだから、確か……星の種だっけ? そこに行かなきゃ)
まず現状やるべきことを心の中で並べたインは、プレイヤーやNPCの出店が立ち並ぶ商店地区へと向かっていく。
昼頃でも繁盛している商店地区では、今持っているポーションよりも明らかに効能の高いものや、『料理』アビリティで調理された料理の匂いがインとアンの鼻孔をくすぐる。
しかし現状持っているお金の量では、無駄遣いをすることもできない。
誘惑を突っ切り目的の魔物のえさが置いてある場所を目指す事約一時間弱。
インの望んでいた魔物のえさが見つかった。
そのすぐ近くには、ファイから貰った物よりさらにテイム成功率の高いのが陳列しているが、値段が高くインの持っているお金の量では足りない。
これには抱き上げているアンも、少しもの悲しそうな表情を見せる。
「ごめんねアンちゃん。ここで買う魔物のえさは二つとも新しい虫ちゃんを仲間にするために使うから。本当にごめんね」
アンにわびの言葉を入れると、後先のことなど何も考えずお金を払おうとするイン。
『調教』アビリティLVが8と、もう少しで新しい虫を仲間にできるためか、インの行動にほとんど迷いが無くなっていた。
あと少しでお金を払うその時、「ちょ~~っといいかにゃ~?」と、買うのを止めるかのような制止の声と共にインの正面に回り込んでくる一人の少女。
「えっと、誰でしょうか?」
「おっと、私の名前は情報屋のピジョン。以後よろしく~」
ピジョンと名乗った人間の少女は、150センチ代くらいのインと同じ布服の初期装備をしている。
武器は背中にある忍刀だろうか。
ピジョンは人当たりのよさそうな笑顔をインに向けると、存在を強調するかのように手を振る。
「あっ、私はインです。こっちはテイムしたアリのアンちゃん。よろしく願いします」
「あはは~、良い返事。でも私が言うのもなんだけど、怪しい人には声をかけられても無視しようね~。裏路地に連れて行かれても、責任は取れないよ~」
「はぁ、それで情報屋さんが何かようですか? 私、初心者なので何もいい物は持ってませんよ」
情報屋とは、情報を売ったり買ったりすることで商売をしている人だ。
その存在についてはハルトから聞いている。曰はく変人共の集まりで、何か有益な情報を持っていると判断すると、いちいち聞きに来たりストーキングして来たりするうざい奴らだと。
そんな情報屋が、どうしてか初心者の自分に聞いてきている。
思い当たる節はいくつかあるが、口には出さないで少し様子を窺って警戒するイン。
「用はありありなんだにゃ~。ここじゃ邪魔になるから、少し来てもらっていい?」
「えっと……、じゃあ星の種でいいですか? 私そこにも用がありますので」
「おっ、早速警戒することを学んだね~。じゃあ、話し合いはそこでしようか」
いくら情報屋でも、マーロンのいる店で下手なことはしてこないだろう。
そう心の中で決めると、インはピジョンを連れて向かっていく。
結局、魔物のえさは買えなかった。
屋台が立ち並ぶ商店地区の奥に行くと、一軒の木造建築の前に到着する。
マーロンのやっている店、星の種だ。
軽やかにピジョンはドアを開け、備え付けてあるベルの音を鳴らして中に入っていく。
それにインも後を追う。
店内には武器が立ち並ぶだけで誰もいないが、扉にオープンの立て札と、中から何かを打つような音と少しの熱気が伝わってくるため、マーロンがいるのは間違いない。
「マーロンちゃんいたりする~! 情報屋だよ~!」
ピジョンが工房へと続く通路に声をかけ、数回打つ音が聞こえてから薄汚れた作業着を着たマーロンが工房から出てくる。
「鳥はおよびじゃないわ……。ってインちゃんとアン……ちゃん? どうしてこんな鳥なんかと一緒にいるの? まさか弱みでも握られた!?」
「あはは、酷い言われようだにゃ~」
「元指名手配が何言ってるの。それでなんでインちゃんと一緒にいるのよ」
「それはだね~」
と今までの経緯を話し始めるピジョン。
なんでも内容としては、トッププレイヤーである自称紅蓮と灰塵の魔女ことファイと、堅実なプレイヤーのハルトとともに、初心者の服装をしたヲタクの趣向をドストレートに突いたエルフの少女は誰なんだという話から始まった。
それくらいであれば個人情報であるため、ピジョンも気にはなったがルール違反なので突っ込むことはしなかった。
ハルトをお兄ちゃんと呼んでいたのと、妹だと判明しているファイがおねぇ呼びしていたから、リアル兄妹なんだと断定した。
「でもそれじゃあ、インちゃんと接触する理由にはならないわ。ファイちゃんとハルト君の情報を手に入れることはできるだろうけど」
「そのとーーおり! でもそれとは違って、私はインちゃんに個人的興味があったんだな~」
そこまでふざけた口調で言うと、ピジョンはインに抱き着こうとしてセーフティタッチ機能に弾かれる。
その様を見て、フッと小馬鹿にするような笑みがこぼれるマーロン。
「話を戻すよ」
ごまかすように咳払いして前置きを付けると、ピジョンは続ける。
その少女が草原から町に戻ると、急いで教会に向かっていった。
そこから噴水に来たときにはなんと、草原で出てくる雑魚のアリを胸に抱いているではないか。
これが男性であるならば、さほどうわさにはならないだろう。
だがしかし少女だ。
それも思わず運営がキャラメイクしたNPCと見間違うほどの、飛び切りの可愛い子だ。
それがもう、恋人のように片時もスキンシップを忘れず、アリに頬を摺り寄せ頭を全力で撫でているではないか。
そこからさらに、追加で入った虫をメインでテイムするという情報。
もしかしたら少女がテイムするからこそ、変化のある虫がいるかもしれない。
「だからこそ今の内に縁を作っておこうと、インちゃんに近づいてみようと思ったんだよね~」
「それくらいの事、検証班でもあるあなた達ならやってるでしょ」
マーロンがピジョンに疑いをかける。
「私達にもできないことがあってね」
ピジョンはアンの頭をそっと撫でる。
どうやらアリや蝶、カブトやクワガタならともかく、いくらゲームとはいえリアルの姿を取るムカデやサソリに愛情をもって接する事ができる女性達は、ほぼいないと言っても過言ではないようなのだ。
そう話しているピジョンも、倒すことはともかくタッチや愛情をもって話しかけるのは、勇気を持たないとできない。
でもそれでは、愛が無いと受け取られてしまい意味がないかもしれない。
だからこそ、どのような虫であっても仲間にしそうなインに声をかけて見たと、ピジョンは語る。
「私からすれば、勇気を持つだけでムカデに触れる鳥にビックリよ」
「私も女だったって訳らしいにゃ~」
「えっ、なんで? あの艶やかな光沢の硬い腹板と背板に、酵素毒と呼ばれる強力な毒を持つ虫の中でも強くてかっこいいムカデですよ。触れると思いますけど?」
触れないと口をそろえる少女と女性に、あまりにも場違いなことを口にする少女イン。
彼女の肩に乗るアンが、別の虫を話題に出したことで不機嫌になったのか、インの腕をぺしぺしと叩く。
「アンちゃんも大事だからっ! アンちゃん大好きだよ!」
嫌われたくないとむぎゅと抱き着き、アンの頬に自分の頬を重ね合わせるイン。「えぇ~」と若干引くマーロンと、あまりに面白く感じたのか、耐え切れずについ噴出してしまうピジョン。
「あっははは! やっぱり声をかけて正解だったにゃ~!」
「いやあのインちゃん? この世界のムカデは私達よりも大きいのよ。正面から捕食者の目をして口を動かすんだから」
どれほどゲームのムカデが気持ち悪い動きをするのか、正面の顔が恐怖をそそるのかを説明するマーロン。
「それってかっこいい体を持っているのに意外とキュートなギャップを持つ顔を、特等席から見れるってことですか!」
が、止まらない。
インがこの程度で止まるはずがないのだ。
「ごめんなさい。もう勝てる気がしないわ」
キラキラと目を輝かせるインに、両手を上げて首を振り降参の宣言をするマーロン。
もうこれ以上話していても、インを説得することは不可能だと判断したのだった。
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