高原での初戦闘

 三人はランタンの明りだけを頼りに歩き進める。

 目的地はなく、魔物を倒せればそれでいいのでその辺だ。


「イン、アン。最初やった時と同じように、ひとりと一匹でやってみてくれ。実力はLVだけじゃないからな」


 何でと聞き返されるのが目に見えていたのか、ハルトは先に説明し始める。

 本来LVという物は後からついてくるもの。

 一から魔物を倒し、倒されを繰り返し、次第に相手の攻撃を見極められるようになって強くなっていくのだ。

 それを最初からファイとハルトが手を出していれば意味がない。

 LVだけなら簡単に上がるだろうが、守られているだけでは魔物の攻撃を見極めるどころか、アビリティも上がらず格下にすら負けてしまうかもしれない。

 ステータスは大事だが、それ以上にプレイヤースキルと呼ばれる素の実力も大事なのだ。

 それに二人は今日ずっとインに付いていて上げられたが、自分たちにもチームがある。

 誘っておいてだが、ずっと一緒にプレイできるわけではない。


 例えプレイできたとしても、インがそれで楽しめるかどうかは分からない。

 楽しいからこそのゲームなのに、根本を穿き違えたら駄目である。

 兄妹だからといっても、家で会話や偶に一緒にやるから変化を楽しむこともできるのだ。

 だからこそゲームは、自由に町や森に洞窟を探索して起こるクエストを、自分で発見したりして達成するのも楽しみの一つなのだと、中二病言語でファイが説明してハルトが訳す。


 その事にインは、納得したようなしていないような表情で頷く。


「ま、どうしても気になることがあるんだったら、遠慮なくゲーム内で頼ってくれていいからな。ずっと一緒にいるのはあんまりってだけで」

「うん」


 歩いている途中、何かを察知したのかハルトはランタンをその場に置き、剣を構えて立ち止まる。


「ファイ、お兄ちゃん?」

「そろそろ来るな。二人と一匹とも準備しとけ」

「この程度の雑魚、構える必要もないが?」

「インがそういうものだと誤解するだろうが。適当でもいいから構えとけ」


 ファイもいつでも魔法を撃てるよう、練習していたのか無駄に凝った演出で杖を回して構える。

 インも二人を見て同じようにすると、腕の中にいたアンが飛び出し、代わりに身をかがめて頭突きを繰り出す準備をする。


「来たっ!」


 ハルトの言葉と共に暗闇から浮かび上がる、草原にいたマウスの色違い。

 しいて違う点を上げるとするならば、瞳は狂暴を表すかのように真っ赤に染まっており、手にはナイフが握りられている。

 あくまで最初に手を出す気はないのだろう。

 魔物が姿を現したにもかかわらず、ファイとハルトは攻撃しない。

 それをインは目で確認すると、アンに声をかけて気合を入れる。


「アンちゃん、噛みつき!」


 インの指示通り、アンはにおいを感知して突撃。

 それをマウスは軽やかな足の運びで避けると、返しにナイフを突き刺した。

 アンの満タンだったHPバーが左に動き減少する。


「大丈夫!?」


 インは刃物を突き立てられた事に心配すれば、まだまだいけると返すようにアンは振り向いて頷きを反す。


「ならアンちゃん。マウスの周りを走って!」


 次の指示に、アンはマウスを中心として駆け抜ける。

 かく乱してスキを突く作戦である。

 しかしそれは、相手よりも素早くないと効果を成さない作戦である。現に。


「見えてるな、あれ」

「素早さにしか脳が行ってないが、代わりに素早いからこそうざったい」


 廃人プレイヤーの指摘通り、マウスの目はアンを捉えている。

 ここからアンが突進して攻撃しようものなら、さっきと同じ二の舞になることは確実だろう。

 もちろんその事にはインも気づいている。

 アンが必死に走る中、インは思考を巡らせ様々な戦いを考える。


「アンちゃん、後ろに下がって『蟻酸』」


 アンは後ろに上がり、尾部を持ち上げ『蟻酸』を飛ばす。

 マウスは飛来する蟻酸を分かっていたかのようにナイフを盾のようにして防ぐと、チャンスとばかりにアンに接敵してナイフを振るう。


「アンちゃん、頭を丸めて突撃!」


 ナイフはもう振るわれているというのに、突撃を指示するイン。

 一見自殺にも見えるインの命令だが、アンは信じてマウスに頭を突き出し突進する。

 勝負を捨てたかのように思える防御を捨てた捨て身の一撃。

 これをマウスは左へ飛び、勝利の笑みを浮かべて今度こそナイフを振り下げる。


「アンちゃん、右に振り向くと同時に『蟻酸』!」


 しかし、マウスは見誤っていた。

 相手は一匹ではなく、一匹と一人だという事に。

 インの指示通り、アンは自分から見て右にいるマウスを尾部で薙ぎ払い、勢いのままに『蟻酸』を発射する。

 まさに不意を突いた一撃であると共に目潰し。

 『蟻酸』はマウスの顔に降りかかり、HPバーを三割削る。

 さらに『蟻酸』が顔に降りかかったせいで、マウスの顔からジュュ―と何かが焼けるかのような音。

 相手の位置を特定できなくなったのか、マウスは前方へとめちゃくちゃにナイフを振り回す。


 それを見たインは次なる指令を下す。


「アンちゃん、後ろに回って口を開けて!」


 アンは後ろに回り、口を開ける。

 前にだけ攻撃を繰り返すのであれば、後ろががら空きになるのは当然。

 防御ががら空きになった背中にアンが迫る直後、狙いが的中したかのようにマウスの口元が歪み、後ろにナイフを突き出した。


「低能だと、学習できぬようだな」

「さっきやられたばっかなのにな」

「アンちゃん、バックステップからの『蟻酸』!」


 意表を突いたつもりで繰り出されたナイフは、何もない空間だけを貫く。

 代わりにアンは、指示通りに開けた口を維持したまま、『蟻酸』を飛ばす。またもや判断を見誤ったマウスのHPバーが減少する。

 もう何があったのか分からないといった表情だ。


「アンちゃん、噛みつき!」


 最後にアンの噛みつきがマウスに入る。

 二回の『蟻酸』で六割ほど削れていたHPバーが、一瞬にして弾け飛ぶ。

 マウスは最後の最後に、何があったのか気づくこともできず消えていった。


「やった、アンちゃ……っと、いけないいけない」


 一回やって町に戻った失敗を思い出したインは一旦立ち止まり、胸に飛び込んだアンの思いっきり頭を撫でてやる。


「悪くはないが、おねぇは外から指示を出すだけか」

「弱くてもいいから魔法が欲しくなるよな」


 二人はインの戦いぶりを見てそう評価を下す。

 これでは使役している本人がやられればおしまいだと。

 しかし、勝利の余韻を味わうインの耳には届かない。

 一行は再び高原を進みだすも、暗闇のせいか思った以上魔物に遭遇することはなく、湖が見えた所でアラームが寝る時間を知らせてきたのだった。

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