高原に向かおう
氷雨家の両親は、仕事の関係上海外に滞在しており、家にいないことが多い。
そのため、掃除洗濯、家計簿などの家に関することは兄妹で分担して行っている。
ゲームをやるときも、最低限を終わらせてからプレイするのが決まりだ。
だが食事に関してだけは別。
必ず、兄の悠斗が作るようにしている。
二人とも手伝おうとしてくれたり、代わりにやろうとするのは、悠斗もありがたいのだがこれだけは絶対に譲れない。
作れるか作れないかの次元ではない。
もし作らせたらどんな物体が出てくるのか。
考えるだけでも恐怖だからだ。
三人はカレーライスを食べ終え、再びゲームの世界に入り込むと、町の噴水広場に出現する。
ゲーム世界はリアルと同じ夜になっており、夜空に満点の星が輝いていた。
暗い町中を照らす淡い光球は、まるでホタルのように。
少しうす暗いのがより一層と幻想的ともいえる雰囲気を醸し、インを高揚させる。
噴水周りでは仕事や学業が終わってログインする人が多いのか、昼間よりも豪華な武具を身に着けるチームでいっぱいだ。
「綺麗! おとぎ話に入り込んだみたい」
「ファンタジーだから、おとぎ話と同じようなものだがな。それで、これからどうするんだ?」
「私が決めていいの?」
入って早々アンを抱きかかえたインは、本当に決めていいのか自分の顔を指さし問いかける。
「当然。今日はおねぇに付き合うからな」
杖を右手に両腕を組み、主役はおねぇなんだからとでも言わんばかりの不敵な笑みを見せるファイ。
同じように、ここら一体では誰が出てきても余裕で対処できると自負しているハルトも同調する。
「それじゃあ、『調教』アビリティのLVを上げたいけどいいかな? お金も稼ぎたいし」
現在インの『調教』アビリティはLV8であり、後LV2あげれば、新しく魔物をテイムできるようになる。
ちなみにこの『調教』アビリティはテイムした仲間のレベルと繋がっているので、後アンのLVを2上げればよいだけだったりする。
所持金に関しても、初期の頃からドロップ品を売ったおかげで少し増えており、現在800フォン。
一番効果の低いまもののえさを、二つ買える計算である。
しかし、アンをテイムするときにかかったえさは五つ。
確率の計算上足りない可能性もあるうえ、毎回ファイやハルトに貰うのも何かが違う。
できればインは、自分で手に入れたえさでテイムする喜びを味わいたいのだ。
そのためにもレベル上げとお金稼ぎをしたいと申し訳なさそうに要求するイン。
二人からの返答はもちろんオッケーであり、向かおうと話になった。
「ところでなんだけど、昼と夜で違いはあるの?」
リアルでも夜行性と昼行性の虫がいる。
仮にも夜という時間があるのなら、このゲームでも出てくる魔物は違ってくるのではないか。
若干眠たそうにしているアンの頭を撫でつつインが尋ねると、ハルトは良い着眼点だと褒める。
「気づいたか。もちろん魔物や採取できるものが変わってくるな。昼間や夜限定のクエストとかも存在する。だが、強さとかは特に変わらないから、心配はしなくていい」
「クエスト? どこかに探求や追求しに行くの?」
「ゲームでクエストってのは、基本依頼の事を指しているな。NPCに話しかけたり、助けたりすると発生することがある」
そこからハルトは、ある魔物を討伐してきてくれ、届け物を頼まれてくれ等々、クエストの難易度の高さなどを一つ一つ説明していく。
今のところ受ける事はないだろうが、いつしか受けるかもしれない予備知識とも付け加える。
「それと行く前に聞いておきたいんだが、今アンのステータスはどうなんだ?」
「今? 今はね」
少し勿体ぶるような態度を取り、インは自慢げにアンのステータスを開いて見せる。
種族 アリ
名前:アン LV8
HP24/24 MP0/0
筋力24
防御14
速度9
魔力0
運6
アビリティ 『筋力増加LV5』『蟻酸ぎさんLV6』『頑丈顎』『防御増加LV2』『アサルトヘッドLV2』
『筋力増加』が『蟻酸』に追いつきそうになっているのは、LVが上がったことでHPが増え、余裕をもって近距離からの攻撃をすることが多くなったためである。
対して、『防御増加』が大して上がっていない理由については、一撃で倒せることが多くなったため、攻撃を受け無くなったからだ。
「へぇ~、強くなったな。相変わらずHPは人間のLV1より低いが」
誉め言葉を口にしているが、ハルトとファイからすれば、その辺に出てくる魔物より弱い。
普段高LVの魔物や、イベントでレイドボスを相手にしているのだから勝てないわけがないのだ。
しかし、ゲームをやり始めたばかりであるインとアンの努力を、その程度だと嘲笑えるだろうか。
雑魚だなと、弱すぎだなと、自信満々に胸を張るインとアンに、そんな残酷な判決を下せるだろうか。
答えは否である。
「でしょ」
インの、アンの頭を撫でる手が喜びで早くなる。
(お兄ちゃんとほむらに強くなったって言われたんだよね。はじめは弱いって言われたけど、アンちゃんの努力が実を結んだんだよね!)
その仕草に引き気味になるファイ。
いくら自然と抱き着くくらい大好きな姉だとしても、虫を撫でる者に近づきたくはないだろう。
上機嫌となったインは続いて、新しくアンの取得した『アサルトヘッド』の詳細をだす。
アサルトヘッド
頭で攻撃した時、筋力×アビリティLV分、相手に与えるダメージが増える。
取得条件:頭で攻撃をし続ける。
「これなら北の高原へと陣取るのも良いな。草原などよりも強くなれる」
ファイの言うように高原の推奨LVは5であり、推奨LV1の草原に比べ強い敵が現れ、ドロップ品の値段や経験値も比例して伸びる。
種類の違う魔物も出現するとなれば、新しい虫にも出会えるかもしれないだろう。
「分かった! アンちゃん、行こう!」
そして三人と一匹は、噴水広場から北に見える門に向かって歩き出す。
* * *
今日が初ログインのインにとって、町中は未知の世界といってもいい。
学校や城に塔、図書館などいくつも目を引かれる場所が続いていき、ハルトの言う高原が広がる門を目指す。
インがワクワク感を胸に募らせ門を抜けた先は、真っ暗な暗闇。
そこからぽつぽつと映るのは他プレイヤーの下げるランタン、光源が丸い点のように見え、都会ではめっきり見なくなった蛍を連想させる。
それ以外の明かりは空の星しかなく、幻想的な雰囲気の町とは打って変わり、幽霊でも出そうな不気味な雰囲気に、インは思わずアン、ハルトの右腕に抱き着く。
「そっか、そういえばインは怖いの苦手だったな」
「お兄ちゃん。やっぱり町に戻ろう」
「おねぇ。虫は意にも返さない癖にだらしない。これくらい、わたしの炎にかかれば――」
ファイが魔法で決める前にハルトはインベントリからランタンを取り出し、最低限あたりを照らし出す。
暗闇の中、唯一手掛かりであるランタンを掲げる姿は、さながら肝試しをしているようだ。
「誰にだって怖いものはあるだろ。イン、もう怖くないからな」
ハルトは口でランタンを銜えてインの頭を撫でてやると、手の温もりに安心したようにインが離れていく。
代わりに恥ずかしさから、アンを抱きしめる力が増えていくが、インの筋力をアンの防御力が遥かに凌ぐため苦しむことはなかった。
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