アンの弱点
「やっと『調合』LV10到達ぅ! 長かったぁ!」
インは草原すぐ近くの川際で両手を伸ばし、終わったと喜びをあらわにする。
ようやく『調合』アビリティがLV10に到達したのだと。
これで魔物のえさを作ることができ、新しく仲間を増やすことができるようになったのだと。
インは調合キットを駆られるようにインベントリに仕舞い込むと、次はアンと共に草原を進み、ある場所まで歩いていく。
目的地は、フィールドボスという戦わなくてはいけない強敵のいる所だ。
このフィールドボスは各種魔物が出てくる場所に存在しており、必ず一度は倒さないと、その先にある次の町や場所に行く事ができない仕様となっている。
つまりフィールドボスは、新天地に向かうのに避けては通れない試練のような物なのである。
そんな草原のフィールドボスは、グラスウルフ。
高い速度から連続して繰り出される、巨体とは思えぬ攻撃。
HPが減れば雄たけびを上げて仲間を呼び出し、挙句効果の高い薬草の群生地帯からか、どちらも常時HPが回復するギミックまで存在している。
しかし最初の内は弱めに設定されているから、プレイヤーLVが3でもステータスを割り振り持っているアビリティを上手く使いこなす事さえできれば、倒すのは容易であるとはファイの豪語である。
そんなグラスウルフに今、インとアン。
一人と何日か前に退化してしまった一匹が挑もうとしていた。
陽当たり良く、心地よい春風を連想させる暖かい風が吹いてくる散歩日和な草原を進んでしばらく、一面緑色の草がびっしりと生えそろえ絨毯になっている場所に出てくる。
(これがフィールドボスが出てくる目印。気を引き締めなきゃ)
インが試しに緑色の草を摘んでみると、ミントに似た匂いが鼻をくすぐる。インベントリに入れて調べてみると、マウスから手に入る薬草より効果の高い薬草のようだ。
香る薬草
葉の先から癒やし効果のある香りを出す、嗅ぐだけでも効果のある薬草。
匂いを嗅いだ者にHP自然回復Ⅰ付与。使用した者はHP50回復。
短期間に何度も嗅いだ者に、確率で混乱Ⅰ付与。
(これって、危ない草なんじゃないかな?)
ただ使用する分にはデメリットが無くて良い。
しかし匂いをかぎ続けると自然回復Ⅰと共に混乱Ⅰまでついてくるのはいかがなものか。
それはもうミントじゃなくダメな方のハーブであり、使用するのはさらに危ないのではないかと感じるインであった。
しかしこれは調合には良い材料となる可能性がある。
ポーションにすれば、デメリットが無くなる可能性があるのだ。
インはある程度採取することに決めた。
「アンちゃんにはこの匂いきついよね。できるだけ離れて待ってて」
インはそう言うと薬草を取るときに息を止め、苦しくなったら少し戻って空気の補給、これをしばらく繰り返す。
アンはというと、インに言われた通りミントの匂いがするためか少し離れた距離でインを見守る。
採取を始めて軽く三十分ほど、百近くなるまで集めたところで、インは再び進み始める。
(さてっ、そろそろボス戦)
そろそろフィールドボスが出てくる場所であると、より一層インとアンは気を引き締めるのだが、アンがついてこない。
それもそのはず、この薬草はボス部屋全体に咲き誇っている。
むしろ薬草がない場所の方が珍しいくらいだ。
そんな、人間からすればどこを歩いても常時延々と刺激臭がする場所。
マスクやガスマスクを持つどころか、つける事すらできないアンからすれば入りたくもなかった。
(アンちゃん……。そうだよね。この匂い、アンちゃんはダメだもんね)
インはアンがついてこれないのを見ると、少し悲しそうな表情をしつつも仕方ないと判断。
虫の世界にも、嫌なものは必ず一つはあるのだ。
こうなれば、ピジョンかマーロン辺りに預けて、自分だけでも行こうと考えた直後であった。
アンがそこらじゅう刺激臭が出る群生地帯に、恐る恐る足を踏み入れたではないか。
(えっ、アンちゃん?)
ここは触角、味覚、視覚、聴覚、嗅覚、五感すべてが機能する催眠型のVRとはいえ、ゲームの中。
当然、ゲームの魔物が現実の生物とは違う行動をとることもある。
全く別の生態をしていることもある。
そうインは事前にハルトから学んでいた。
『臭い耐性LV1』
刺激臭などの、本人がダメだと感じる臭いに耐性を得る。
これはインが百近く薬草を集めている最中、ずっと近くで待っていたおかげで新しく手に入れたアビリティである。
「アンちゃん!」
もうじきボス戦だというのにアンを存分に堪能したインは、進むのを再開する。
徐々に薬草の数が多くなり、緑が濃くなってくる。
晴天だというのに暗い雰囲気へと変わっていき、温かい春風は徐々に秋の風のように涼しくなる。
そして獲物を見つけたからか、それとも勝手に縄張りに侵入した非礼な族に対する威嚇なのか、ひときわ大きい遠吠えが一つ。
「アンちゃん。構えるよ!」
インが気休め程度に魔物の剣を取り出すと同時、アンも口をガチガチと鳴らし、構えの姿勢を取る。
そんなインの前に現れたのは巨体だ。
一匹の巨体を持つオオカミだ。
草原を連想させる風に靡くなびく明るい黄緑の毛皮。
鋭く発達し、槍のように反り返る太く尖った牙と爪。
五メートルほどある高みからインに、ギロリと突き刺すような鋭く敵意のある眼光を向ける。
それが一歩、また一歩と中心に位置するように歩いてくる。
いざ目の前に立たれた時、インとアンをまとめて影で覆いつくす。
そのゲームとは思えぬ迫力に、インは背中に氷を入れられたかのようにびくついた。
(これ本当にLV3でも倒せるの!?)
遂にその全長を見せたグラスウルフは、天高く土足で縄張りに踏み込んだ侵入者に、もう一度威圧感を与えんばかりの遠吠えを上げた。
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