第2話 恋は勢いだよね
それからというもの、ぎゅうぎゅうに詰めて座るむさ苦しい自習室に、僕の癒しが現れた。名も知らないお姉さんは毎回、僕の隣に座るようになった。
夜7時。そわそわとしながらシャーペンを動かす。時計のカチカチ、となる音がいやにもどかしい。そうして、シャーペンの上部をカチカチ、とならした時だった。
とんとん、と細い指に肩を叩かれた。
振り向いた先には、黒のサラサラとした髪が揺れていた。
「隣、いいですか」
僕はすぐに頷いて答えた。
「はいっ!どうぞ……」
「ありがとうございます」
それだけ言うと、お姉さんは静かに僕の隣の席に座った。横目でチラ見していると、お姉さんはカバンから数学の教材を出した。そうして教科書とノートを広げると問題を見ながら、すらすらとノートに答えを書いていく。その所作の美しいことと言ったら、なかった。僕は見られていることがバレないように、すぐ視線を戻したが、隣からはスラスラとシャーペンを紙に走らせる音が聞こえてくる。お姉さんが書いている、そう思うだけで、僕の胸は湧き上がった。10時まであと4時間。お姉さんと共有できる時間を大切にしながら、僕も数学の問題へと向き合った。
8時30分。お姉さんがシャーペンを置く音がした。こっそり横目で見ると、お姉さんは水筒とハンカチを持って、席を立った。
(もしかして、チャンス?)
お姉さんが自習室を出ていくのを確認してから、僕は財布と携帯を持って、お姉さんの後を追いかけるように、席を立った。
夜の蝉たちが、ジリジリと鳴いている。この県立図書館は山にも近いので、虫が多いのだ。僕は自習室がある3階から1階まで階段を降りた。1階に降りた先にはすぐに休憩スペース用のベンチが数個ある。お姉さんはそこにいるだろうと踏んでいた。自動ドアを抜けて、休憩スペースを見渡すと、そこのベンチに座っている1人の高校生がいた。間違いない。お姉さんだ。僕は少ないお小遣いで、コーヒー缶を2個買って、お姉さんのいるベンチに向かった。
お姉さんの座るベンチには、微かに光る蛍たちがふわふわと、お姉さんを囲うように飛んでいた。僕は背後からお姉さんに近づいた。
「蛍、綺麗ですね」
僕の声にびっくりしたのかお姉さんが、こちらを振り返った。僕はにこり、と笑って、お姉さんの顔を覗き込んだ。
「すみません。お隣、いいですか?」
蛍の微かな光に照らされたお姉さんは、こくり、と僕の言葉に答えた。
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