健気な子犬系男子は隣のお姉さんに恋をする

藤樫 かすみ

子犬の恋はお隣に(中学生編)

第1話 椿 誉 は恋をした!

椿つばき ほまれは恋をしている。叶いそうで叶わない、いや、叶えてみせたい、そんな恋を。


7月の県立図書館は、夏休みの小学生で溢れかえっている。やれ自由研究だ、やれ読書感想文だ、と本を探して母親と図書館内を練り歩く。いつもの静かな図書館も、今じゃあ小学生のヒソヒソ声で騒がしい。が、そんな騒がしい場所とは一線を画す場所が、ここにはあった。それが、県立図書館の別館にある【自習室】である。自習室は利用できるのは中学生以上、なので小学生が迷い込むことなんてほとんどない。そういう訳で、ここの自習室は今日も文字を書く音だけで埋め尽くされていたのだった。


僕は今年、高校受験を控えていた。無論、この自習室にいる学生の大半も受験生である。僕の目指す志望高校には少し背伸びしないと入れない。受験を制するものは夏を制する。そういう訳で、僕はこの夏から本格的に受験勉強に励んでいた。この自習室に来たのは夜10時まで空いているからだった。あと家から近いから。僕の通っている塾は、夜の9時には閉まってしまう。それに塾から家まで自転車で30分。このロスタイムをどうにかしたい。それで思い出したのが、この自習室だった。自習室は穴場スポットとかしていて、夏休み前までは人が少なかった。だが、夏休みに入ってからは、もうみんなぎゅうぎゅうに詰めて座って勉強している。勿論、僕もそのひとりで、今日も今日とてせかせかと勉強に励んでいた。


夜の7時。窓の外からミーンミーンと、蝉の鳴き声がかすかに聞こえる初夏の夜。僕が数式とにらめっこしている時、出会いは起きた。


「すみません」


隣からこそこそ、と小声で話しかけられた。最初は集中していて気が付かなかったが、肩をぽん、と叩かれて、ようやく気がついた。声をかけられた方を見ると、そこには綺麗なお姉さんが立っていた。思わず、目を見開いてしまうほどに、綺麗なお姉さんが。お姉さんは隣の席を指さして、


「すみません、お隣、いいですか?」


と、尋ねてきた。僕は言われるがままに即座にぶんぶん、と首を縦に動かした。するとお姉さんは、鈴の転がるような声で


「ありがとうございます」


と言って、僕の隣に座った。


それが、僕とお姉さんの出会いだった。









お姉さんは、正体不明の美女だ。

分かっていることは、美人だということと、着ている制服を見るに、香山かやま高校の生徒だった。香山高校は、県内でもトップを争う進学校だ。きっとここに来ているということは、お姉さんも受験生なのだろう、と僕は勝手に予測していた。お姉さんは鈴のような声の持ち主で、身長が僕より高くて、サラサラのストレートヘアが特徴的な、本当に綺麗なお姉さんだった。お姉さんは無表情で、基本、すん、としている。でも、そんなところがミステリアスで、またいい。僕は一目見ただけで、お姉さんの虜になっていた。

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