第十二話 黒い霧の獣
時がたち、夜風により体が冷え込んできたころ、外に出ていた二人は体を動かし始めた。
「冷えてきましたね。そろそろ戻りませんか?」
アートが家に戻らないかと、コミにうながす。
「そうですね……ありがとうございます。おかげで、気持ちの整理ができた気がします」
アートの肩に乗せていた頭をはなし、コミは胸に手を当て言葉を続ける。
「私の心は今でも、王様や宰相を疑うことができません。私が、なぜ配属されたのか、それはディストリア諸島の謎を解明していけば、おのずと王様と宰相の真偽にたどり着けるのではないかと思います。その時に私は判断します。だから――」
一つ呼吸を置き、アートに向かってうったえた。
「お願いです!それまで待っていてはくれませんか」
その言葉に少し考えたアートは、立ち上がりながら手を差し伸べる。
「コミさん、僕も疑うのは真偽を見極めてからにします。ですから今は、お互いにディストリア諸島の謎を解明しませんか?」
「……はい」
コミは差し伸べられた手をつかみ、立ち上がったその時。
目の前に広がる草木の中から、黒い霧が立ち込め始めた。それは、やがて形を形成していき、一匹の黒い霧で出来た狼が現れる。口を開き、アートとコミに威嚇しだした。
「一体あれは……」
突然の出来事に二人は唖然としたが、狼が大きく口を開き飛び掛かってくるのを見て、アートはコミの手を引っ張り避ける。
「狼の姿をしているのに、全体が霧で出来ている見たことのない動物です!」
「あれは、本当に動物なんですか!?」
狼の攻撃を避けながら二人は分析していく。
「なんじゃあれは!」
家の外で騒ぐ音に反応して玄関を開けたベルが暴れている狼を見て叫んだ。
狼は声に反応して、ベルに飛び掛かる。狼が近づいてくるまでに、ベルは素早く扉を閉める。狼は飛び掛かった体制のまま、閉められた扉へと頭をぶつけた。ただ痛みはないのか、平然として態勢を整えると、再びアートとコミへと標的を戻す。
家の窓から短剣が飛んでくる、それはアートから近い地面へと突き刺さった。
「アート!その剣で戦うのじゃ!」
窓から顔を出しベルが叫ぶ。
「ありがとうございます!」
地面から短剣を抜き、狼へと構える。
「援護します!」
コミの詠唱により光が、アートの体に吸い込まれた。
アートは叫ぶ。
「今度はこっちの番だ!」
声に反応した狼が、飛び掛かってくる。それを避け、首へと切りつけるが、抵抗も無しに剣が素通りしていく。
「なっ!」
何事もなかったかのように地面へと着地した狼はアートを睨みつけている。
「剣が通用しない……」
アートは攻撃が通じていないことに戸惑ったが、目の前の狼は容赦なく攻撃を繰り返してくる。とっさに剣を盾にするが、剣が素通りしたことを思い出し、とっさに回避に切り替えるが間に合わない。牙が剣をすり抜けていくかと思われたが、剣に接触し牙を弾く。
「剣に当たった……」
あまりの出来事にアートは思わず呟いた。
戦いを見ていたコミがアートに向かって叫ぶ。
「アートさん!もしかしたら、狼の牙だけは接触が出来るのかもしれません!牙を狙ってみてください!」
コミのいう通りにアートは、牙へと攻撃を加えるが、そのまますり抜けた。
「コミさん!当たらないです!」
「なら、狼の攻撃時にしか、接触できないとしか考えられません!」
アートの攻撃は当たらないのに、向こうの攻撃は当たってしまう。そんな状況でどうすれば、切り抜けることができるのかと、焦りながら次々と繰り出される攻撃を、剣でさばいていく。
「待たせたのじゃ!アート!奴の弱点は通常の狼と同じ心臓付近じゃ!」
ベルが玄関から見える君を操作しながら現れ、狼の弱点を知らせる。
弱点を聞いたアートは、反撃しようとしたが、長い攻防の果てに体力が失われていたようで、膝をついてしまった。
狼がアートへと襲い掛かる。
「アートさん!」
コミが駆けつけ、膝をついたアートを、かばうように抱きしめた。
魔法よ……導いて——
「プロテクション!!」
コミの体を中心にして、半透明な半円の障壁が展開される。その壁に衝突した狼は弾かれ、後ろへと後退した。
「コミさん?……僕は……まだ生きて……」
「はい、生きています。アートさん、立てますか?」
コミに支えられながら、何とか立てそうだと言い、立ち上がった。威嚇した状態の狼に剣を向ける。
「今度こそ終わらせる!」
狼に近づき剣を、心臓へと突き刺す。パキンという音が鳴り響き、狼は黒い霧とともに
夜の静けさが戻ってくる。まるで何事もなかったかのように。
「何とかなったの。アート、コミ、あれはいったいどこから現れたのじゃ?」
「黒い霧が集まり狼になりました。それ以外は何も分かりません」
「コミさんと同じです。黒い霧が狼になった、そして……」
アートは地面に落ちている狼が唯一残した石を拾う。
「……剣に当たり割れてしまった、この紫色に透き通る石だけを残して消えました」
「確かに見える君が反応しておる。それこそが先ほどの、狼の核なのかもしれんの」
二人の会話をよそに、コミが欠片を拾って月にかざすと明かりが反射しうっすらと輝く。
「綺麗ですね。宝石といわれたら信じてしまいそうです」
しばらく眺めていると突如として欠片が淡い紫色に光を放つ。その光はやがて体の中へと吸い込まれていき欠片はただの石になった。
「今のは……」
先ほどの現象に全員が唖然となったが、すぐにベルがコミの無事を確かめる。
「大丈夫なのじゃ⁉
「……大丈夫です。むしろマホウというのを使ったときに疲労していた、体の疲れが取れたような気がします」
ベルの心配に、コミは特におかしなところはなく、むしろ元気になったと答える。
「巨像と戦った時とは、ずいぶん違ってはいたのじゃが。あれもマホウというものかの?」
「使った感覚が同じでしたし、おそらくは……」
「ふむ……分からないことが、どんどん増えていくのう」
アゴに手に当てながら、ベルは先ほど起こった現象に対して考え始める。
「ごめんなさい」
突然なコミの謝罪にベルは慌ててアゴから手を外し顔を向けた。
「いや、別に攻めてはいないのじゃ。むしろ研究者としては、この展開はバッチこいなんじゃ。アートもそう思うじゃろう」
弁解をしながらアートにフォローを求める。求められたアートは頷いた。
「そうですよ。この謎を解明していくのが、僕の目的なので文句ないですね」
「……ありがとうございます」
ベルは話を振ってから、現在二人の関係が悪化していたことに気づく。しまったと思ったが、アートとコミが受け答えしている様子に安堵した。
「それにしても、二人とも仲直りは済んでいた、みたいじゃな」
「ええ……今は、お互いに島の謎を追うことにしました。謎を追うことにより、王様と宰相の真偽を知ることができるかもしれません。それまで僕は、疑うことをやめにしました」
アートがコミと二人で、決めたことについて話すとベルは頷く。
「いいと思うのじゃ。わしも証拠がないのに、自身の国のトップを疑ってしまったのじゃ。すまんのコミ」
「いいんです。私も少しカッとなっていました。こちらこそごめんなさい」
「わしも真偽を知るまでは、疑うことはやめにしておくのじゃ。コミ、アートこれからもお願いするのじゃ」
ベルが頭を下げながら言う。その言葉に二人は、こちらこそお願いしますと返事をした。
夜風が強くなびく。三人は体が冷え込んでいるのに気付いた。どうやら長く風に当たりすぎていたようだ。
「先ほどの獣以外の反応はせぬの。寒くなってきたことじゃし、紫の石を拾ってから家に戻るのじゃ」
三人は落ちた紫の石を拾い集めてから家へと戻る。その後ろ姿は少し温かく感じられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます