第十一話 彼女の不思議

「はえー、これは派手にやったのう」


 礼拝堂一階の東扉を開けると廊下が現れるが、辺りはスパイダーゴーレムが飛び散っていた。


「やりすぎましたかね」


 ベルの一言に、アートは申し訳なさそうに言う。


「大丈夫じゃ。完全に壊れていたほうが、警戒しなくて済むからのう」


「ベル博士、見える君が反応していません?」


「おお。コミよ、よく気づいたのじゃ」


 モニターを覗いてみると見える君が、中間辺りの部屋に対して反応していた。三人は、見える君が反応した部屋へと向かう。


「ここですね。反応を示していたのは」


 扉を開ける。中は寝室であったが、今まで見てきた部屋よりも、少しだけ豪華な気がした。


「ところどころに、金が細工されています。他の部屋より少し豪華ですね」


 中を見渡しながらコミは言うと、部屋の中にある机に触れた。


「ベル博士、反応はどこからですか?」


「反応は……今まさにコミが触れている、机の引き出しの中からじゃのう」


「引き出しの中ですか?」


 コミが机の引き出しを開けると、複雑な彫りがついた金属の棒が現れる。それをコミは不思議そうに手に取った。


「複雑な彫りがありますが、これは一体……何でしょう?」


「見える君からの反応からするに、その金属からは何かが、漏れているようじゃ。じゃが、それ以外は分からんのう。福音の内容には書いておらぬのか?アート」


「似たような棒が書かれたページがあります。どうやら鍵らしいのですが、どこで使えるかまでは分かりませんね」


「これが鍵とはの」


 ベルはそう言いながら、麻袋から小袋を取り出す。


「とりあえず、この中に入れておくのじゃ。もしかしたら重要なものかもしれぬからのう」


 その言葉にコミが手に持った棒を小袋の中へ入れる。ベルは小袋の中に棒が入るのを確認すると麻袋の中へ戻した。


「さて、もう反応はしておらぬし他はなさそうじゃ。廊下へ出るかの」


 三人は廊下に出る。他に怪しい所がないか確認しながら渡っていった。


「廊下の端まで来ましたが、何もなかったですね」


「そうじゃの。見える君も反応なし。コミは何か見つけたかの」


「いえ、何もありませんでした」


「コミもなしとなると、あとは目の前にある扉だけじゃの。この扉の先は入り口に戻るだけだと思うのじゃが、コミよ開きそうかの?」


「はい、何もなさそうなので開きそうです」


 コミはそういうと扉を開ける。その先はベルが言っていた通り、エントランスホールが見えた。


「入り口に戻ってきましたね。ちょうどいいですし、一度戻りませんか?」


「アートのいう通りじゃの。一度戻って休憩と情報の整理を行うのじゃ」


 エントランスホールに出た三人は一度、家に戻ることにして宮殿を後にする。


 どうやらかなり長い間、捜索をしていたようで外に出ると日が沈みかけていた。


「だいぶ遅くまで捜索していたようで日が暮れてきましたね」


 コミが空を見上げながらつぶやく。太陽が沈みかけており、夕焼けに包み込まれていた。


「完全に日が暮れるまでに急いで帰りましょう」


 三人は日が沈み切る前に、急ぎ足で家へと帰った。家に着いた三人は、一度休憩してから、夕飯を食べ始める。


「お腹がペコペコじゃわい」


 ベルの言葉にコミがクスリと笑う。


「アートさんなんて家に着いた途端、お腹を盛大に鳴らしましたからね」


「それは忘れてください。今、思い返しても恥ずかしいです」


「忘れておきます。ですが、沢山作りましたから、おかわりができますよ」


「コミ!おかわりなのじゃ!」


「すぐに入れてきますね。アートさんも遠慮なく言ってくださいね」


 空の皿を受け取ったコミはそう言いながら席を立ち、台所へと向かっていった。その後ろ姿を自然と目で追っていくアートにベルが声をかける。


「アートも、おかわりが欲しかったのじゃ?」


「いいえ、欲しかったわけではありません。ただコミさんだけが、なぜマホウというものを使えるのかが気になって」


「確かにそうじゃが、コミは一般の者と変わらぬ。軍の健康診断では異常な所はないのじゃ。そうじゃのコミ」


 話をしていると、いつの間にか料理を持ってきたコミが、ベルに料理を渡しながら、そうですと同意する。


「私はエディア村という長閑のどかな村で生まれただけの人です。その村が特別ということはなくごく一般的な村ですので私がどうしてマホウというものが使えるのかは分かりません」


「ゲーマ王国の東に隣接しているデルキルタス王国の者には、あまり知られてはおらぬが、エディアという村はゲーマ王国の最北西端に位置する村じゃ。他の村と大して変わらぬ自然が多く空気がおいしい所じゃな」


 ベルはそれだけ言うと口に料理を運ぼうとしたが、何かを思い出したのか途中で止めて話し出す。


「そういえば……コミを研究員の一員に加えたのは王様じゃったな。あの時の王命はビックリしたのじゃが、今思うと不思議じゃのう。何の知識も持たぬものを、研究員に加えろなんての。今回の調査だって連れていけとの命令じゃったし。コミは何か知っておるかの?」


「いえ……分かりません。私も王国に連れられて来た時は、王国軍の研究員に入れられるとは、夢にも思っていませんでした。ただ、、孤児だった私を連れて帰ったのは宰相です。ですが、あの方がそこまでするとは、考えられません」


「なんと!宰相が連れてきおったとは……」


「ですが疑ってしまいます。もしかして王様と宰相は、何かを知っている?そうでなければ、今回の出来事でコミさんが、重要な役割を持っているなんて、都合が良すぎるような……」


 アートの考えにベルは否定する。


「それはないじゃろう。もし知っておるのであれば、まず福音の本を解読せねばなるまい。しかし現状、王国は解読できておらぬ。わし達でさえマホウを知り、この目で見たのは今回が初めてじゃ。研究員のわし達よりも先に、王様や宰相が知っておることはないの」


「では、なぜ王命を使ってまでコミさんを?」


 アートが疑問を口にしていると、コミが机をたたきつけ、勢いよく立ち上がり呟いた。


「……私は疑いたくないです」


 それだけ言うと、ふらつきながら部屋を出て行く。扉が閉められた後の部屋は重苦しい空気が漂った。


「疑いすぎました……」


「恩がある者を、疑われてしまっては無理もないの。じゃが、コミ自身もどこかでは分かっておるのはずじゃ。しかし信じていたいけど信じられない、なぜ宰相が自分を選んだのか疑問に思ってしまう。しばらく一人にさせたほうが、良いかもしれないの。さて、さっさと食事をすまそうなのじゃ」


「はい……そうします」


 アートは料理を無理やり、のどに通して食べ終える。片づけをすまし、部屋へと戻ろうと廊下を出た時、コミが玄関から出ていくのが見え、アートは居ても立っても居られず追いかけて玄関を出る。


 すると、玄関の扉の隣で膝を抱えて座り込み、下を向いているコミを見つけた。


「コミさん……」


 思わず声をかける。突然、上から声をかけられたコミは、顔を上げてアートの方を見る。その顔は少しだけ涙の跡が残っていた。


「……アートさん、ごめんなさい。突然出て行ってしまって……疑いたくないのに疑ってしまう私が嫌で……どうしたらいいか分からなくって……」


 コミは一言、話すたびに泣き出しそうに涙を浮かべる。そんな彼女の隣にアートは、そっと腰を下ろして座った。


「コミさん……僕のほうこそ、ごめんなさい。コミさんの気持ちもわからず疑いすぎました」


「いいんです。私の心が……弱かっただけなのですから」


 ——少しだけ傍に居させてくださいと言い、アートの肩にもたれた。夜の静けさの中で風が優しく頬なぞり、月明かりが二人を照らす。それは複雑な感情を、優しく包み込んでいくようだった。

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