第六話 地下の遺跡

 家の中から落ち着きのない足音が聞こえてくる。音を立てている主に呆れながら小柄なオッサンが声をかける。


「少しは落ち着かんかい。コミなら大丈夫じゃ、少し疲れているだけみたいだからの」


 その言葉に彼は安堵しながらも不満をあらわにした。


「コミさんが無事なのはよかったです。ですが石扉に青白く光を放つ模様が浮かび上がったのは、コミさんが触れた時です。彼女は一体……」


「それはわしにも分からん。とにかくコミが起きるまで待つのじゃ。答えはコミが知っておろう」


「分かり……ました」


 まだ不満に感じてはいたが、彼はおとなしく待つことにした。日が暮れ夜を迎える。


「コミはまだ起きぬ。明日まで様子を見よう」


「そうですか」


 夕飯を食べながら話をしていたが少し空気が寂しく感じた。


 日がのぼり辺りを明るく照らす。小鳥が鳴く。どうやら朝を迎えたようだ。気だるげな体を無理やり起こし着替え部屋を出る。


「起きたかい?」


「はい。ところでコミさんは?」


「まだじゃ」


「まだですか」


「そろそろ起きてもおかしくはないんじゃがの。もし起きなければ、町の病院に連れて行くのじゃ」


 彼がそのことに同意するため頷こうとしたとき、扉からノックの音が響いた。


「今日じゃったか」


「今日とは?」


「そうじゃな。定期的に調査の結果を紙にして軍へと渡すのが今日じゃったとういことじゃ」


 席を立ち扉を開けると大柄の男が現れる。


「ゲーマ王国軍調査兵団所属、オルフ副隊長であります。ベル博士、調査結果を受け取りに来ました」


「調査結果はこれじゃ。今回は期待しておくといい」


 ベルの言葉におおと喜び紙を受け取る。


「とても良いことです。期待していますよ。ところで後ろにいる方はどなたで?ベル博士の助手はコミ殿だけだと存じていますが」


「わしの新しい助手のアートじゃ。今は三人で調査をしておる」


「なるほど分かりました。ではアート殿、私はオルフと申します。これからよろしくお願いします」


「僕はアートです。こちらこそお願いします」


「ベル博士、助手を増やすのはいいのですが、今後はキッチリ軍に報告をお願いしますよ」


「気を付けるのじゃ」


「それでは私はこれで」


 調査結果を受け取ったオルフは町の方へと向かっていった。


「いい人でしたね」


「そうじゃな。オルフはいいやつじゃ。じゃが隊長であるデトロスには気を付けるのじゃぞ。あやつは国の命令には絶対という奴じゃ」


「分かりました。気を付けることにします」


 話していると後ろから近づいてくる気配を感じてくる。後ろを振り返ってみると、そこにはコミがいた。


「おはようございます?」


 その言葉と姿に二人は喜び、挨拶を返す。


「コミおはようなのじゃ」


「コミさんおはようございます。体調は大丈夫ですか?」


「はい大丈夫ですが。なぜ私は家に戻っているのですか?石扉の前にいたところまでは覚えているのですが……」


「コミよ。そのことで少し話があるのじゃ」


 二人は彼女が倒れた前後の話をした。話を聞くたびにコミは反応を見せていく。


「――ということじゃ」


「そんなことが……」


「簡単なことでよい。あの時、何があったのじゃ?」


「声が……聞こえました」


「声?アートは聞こえたかの?」


「いいえ聞こえませんでした」


「わしもじゃ」


「ですが私には扉に触れ開けと願えと聞こえてきました」


「ふむ……続けてくれ」


「そして私は声に従うように扉へ触れました。そのときに意識が薄れていく感覚と共に全身から何かが抜けていくのを感じたのですが、気が付いたらベットの上だったわけです」


「何かが抜けていった。それがマホウなのでしょうか?」


「まだ予想ではあるが、その可能性は高そうじゃの」


「願うことがマホウ……」


 コミはそれだけ言うと目を閉じる。しかし何も起こることはなかった。


「違うのでしょうか?」


「どうかの。コミは今、何を願ったのじゃ?」


「健康を……」


「健康を願ったのじゃな。でも何も起きなかった。それは願うことが間違っておるのか。願ったものが間違っていたのか分からぬの」


 三人はなぜこのようなことが起こったのか悩んだが結局マホウということは分かることはなかった。


「ダメじゃ。結局、分からないことが分かったことだけじゃの。アートよ福音には何か書いておらぬのか?」


「マホウという単語は出てくるのですが、詳細までは分からないです」


 ふむというとベルは考え込んでしまった。再び空気が重くなっていこうとしたときコミが声を上げる。


「ベル博士。私はもう一度、石扉へと向かうべきだと思います」


「それはわしも考えていたのじゃが。コミは大丈夫なのじゃ?」


「はい。むしろこの分からない感じのモヤモヤの方が、大丈夫じゃないです」


「分かった。では明日、皆で石扉に向かうとするのじゃ。アートも良いの?」


「ええ問題ないです」


 三人は明日に備え準備を行った。朝になり石扉の前に集合する。石扉は前に見た時と同じ状態でいて、青白い模様が光ったままでいた。


「青白い模様……神秘的ですね」


 アートは石扉の美しさに見惚みほれていた。それにベルは同意しながら石扉に触れるが、何も起こらなかったため、コミに指示を出す。


「コミよ。もう一度触れてみるのじゃ」


 コミは頷きながら石扉へと触れる。さするような音を立てながら扉が開いていく。扉の奥に見えたのは土のトンネルだった。


「あんなに凝っている石扉だったのに、中は土のトンネルですか」


「アート、コミ、このトンネルは奥まで続いているようじゃ。行くぞ」


 ベルは背負った麻袋からランタンを取り出して明かりをともし奥へと向かう。アートとコミはその後に続いた。


 奥へと歩いていくと下へと降りる階段を目にする。


「二人とも階段を見つけたのじゃ」


「階段ですか?奥の方は真っ暗で見えないですね」


「進んで見るしかないようだ。気をつけて降りよう」


 そのまま階段を下りていくと広い空間に三人は出た。ランタンの明かりが照らした床は土ではなく白い石に変わっている。目の前にはあわく青白い光を放つオブジェがあった。


「コミよ。たびたび申し訳ないが触れてみるのじゃ」


 コミが触れると強烈な光が放たれた。突然の光に三人は目が眩む。光が落ち着いてきたので目を慣らしていくと全貌が明らかになっていく。


 そこには鎮座している宮殿へと続く、白い石と青い石で出来た橋があり、青い石の上にだけ、動脈のように青白い光が巡っている、そんな美しい光景が広がっていた。


「こんな巨大な建造物が地下にあるとはのう」


「このようにきれいな景色は見たことありません。コミさんもそう思いますよね。コミさん?」


 アートの問いかけにコミは聞こえていないようで宮殿の方に目が奪われていた。アートとベルは前に起こったことを思い出してコミをゆすった。揺すられたコミはハッとしたように辺りを見渡し二人を視界に入れると申し訳なさそうな顔をする。その状態でコミはあることを話しだした。


「声が聞こえたのです。宮殿の奥へと向かえと」


「宮殿の奥ですか?」


「そこに何があるというのじゃ」


「分からないです。でも宮殿の奥に早く向かわないといけないと、私の本能が訴えかけてきます」


「コミがそこまで言うのであれば、宮殿の奥へ行ってみるとするかの」


 二人が宮殿の奥へと向かおうと決めたのだが、アートだけは腕を組み深く考えていた。


「アートよ。何かあったのじゃ?」


 疑問に思ったベルは問いかけるとアートはおもむろに麻袋を開き本を取り出しページをめくっていく。探していたページが見つかったのかめくるのを止めた。そして確認しどこかで納得してから二人に開いたページを見せる。


「青白く光る石と似たような説明が書かれているページがありました。間違いなく福音に関する何かがあるに違いありません」


「なるほどの福音に書かれているのであれば、これからわしたちが見るものは、全て未知数な存在、ゆえに、この宮殿はその本とコミがいなければ、攻略不可能ということじゃの。アート、コミ、奥へと向かおうぞ」


 二人は了承した。それを確認したベルはランタンの明かりを消し歩き出した。静かな空間に三つの足音が鳴り響く。


 床からの青白い光と、光の粒子が空気中に漂っている。そんな幻想的な空間に三人は目を奪われながらも足を宮殿へと運んでいった。

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