第四話 石の扉に張り付くオッサン

 さほど時間をかけずに二人は巨大な石の扉がある場所にたどりついた。


「石の扉はこの辺のはずですが……博士はどこに?」


「どこにも人物らしき人影は見当たらないが」


 二人はあたりを見回しながら石の扉へと近づいていくとおかしな動きをしている小柄なオッサンを発見する。


「ここがこうなってて……そうか!む?違う?」


 その動きはトビーとアレックスの言う通り、さながらダンスを踊っているみたいに動きまくっていた。


「もしかして、博士ってあの?」


 アートは踊っているように見えるオッサンをふるえる指で差しながらコミに質問を投げかける。


「はぁ……もしかしなくてもです」


 溜息を吐いた後。顔に両手をあて天を仰ぎながら答えた。


「ベル博士!いつまでいるのですか?そろそろ帰りますよ!」


 いまだ踊っているベルに対し声を張り上げ呼びかける。その声に気づいたようでおかしな動きを止め振り向く。


「なんじゃ?おお!コミかどうしたんじゃ?」


 頭に疑問を浮かべながら返事をするベルに対しコミは呆れながら言葉を返す。


「どうしたんじゃ?ではないです。もう日が暮れてきたのに帰ってこないから迎えに来たのですよ」


 その言葉を聞き空を見上げて気づいた。


「もうそんな時間じゃったか。研究をしてると時間がたつのが早いわい。ところで、コミの隣に立っている青年は誰かね?」


 コミから視線をアートへと変え質問をする。


「彼の名前はアートさんです。今は、ベル博士を連れ戻すのに手伝ってもらっています」


「こんばんは。アートです。現在は今晩の寝床のためにコミさんの手伝いをしています」


 ベルはその言葉を聞き深く頷く。


「ほう、そうじゃったのか。迷惑をかけたのう。確かに今から町へ戻るのは遅すぎるのじゃ。迷惑をかけた礼じゃ、今晩は私の研究所に泊まっていきなさい」


 今晩の寝床を確保したアートは喜びをあらわにして感謝する。


「ありがとうございます!」


 横で話を聞いていたコミは真剣な表情をしていたが、ベルの泊まっていきなさいという言葉を聞いて安堵するようにほほを緩めた。


「さて、片づけは済んだし帰るとするかの」


 三人は石扉を背にどうしてアートがこの場所に来たのかを、会話に交えながら研究所への道を進んでいく。


「なるほどアート君は、この島には何かがあると思って、ここまで来たんじゃな」


「はい、そうです。この本がそれを教えてくれました」


 アートは麻袋から一冊の本を手に取り二人に見せる。


「それは、福音の複製本ですね」


「今ではどこにでも見られる本じゃ。まあ、誰にでも読めるとは言わないがの」


「ええ、未知なる文字で書かれたこの本は、いまだ解読されたという話は聞いたことがありません」


「じゃが今の話だと、アート君は解読したと聞こえるのじゃが」


 アートはベルの言葉に自信をもって答える。


「はい!意味までは理解できませんが、ある程度、読むことができます」


 その言葉に二人は大きく驚きを見せる。今まで解読されたことのない本の解読をアートが成し遂げたということに。ベルなどは口を大きく開けて固まっている始末だ。


「本当に解読したのですか!?」


 あまりの話に信じることができないのかコミが確認を取るために聞き返す。更に我に返ったベルがアートの肩をゆすりながら興奮したように、質問攻めをし始める。


「本当に、本当なんじゃな!あの福音を解読したのじゃな!まさかあの本をアート君が!これは世紀の大発見じゃ!」


 急に興奮し始めたベルに、アートは顔をしかめ揺さぶられる体をどうにか引き留めながら本当だと答える。コミは突然の奇行を始めたベルを止めるためにアートから引き離そうとしていた。


「ベル博士!落ち着いてください!」


「こ・れ・が!落ち着いておられるのか!」


 しばらくベルとコミのせめぎ合いは、アートが意識を手放し始めるまで終わることはなかった。さすがにやり過ぎたのには自覚があったのか、今は平謝りを続けている。


「もういいですので、頭を上げてください。お願いですから」


 永遠に頭を上げようとしない二人を許し頭を上げるようにうながす。


「ありがとうなのじゃ」


「ありがとうございます」


 許された二人は頭を上げる。そんな中、ベルが言いづらそうに顔をしかめながら口を開く。


「たびたび失礼だとは思うが、改めて質問をさせてもらえぬか?」


「何でしょうか?」


「福音の解読は本当なのじゃな」


 アートはその問いに、再度本当だと頷く。


「それならもう一つ質問じゃ。君の努力を奪うような内容だが、どうかこのわしに福音の解読を教えてはもらえぬだろうか?」


 ベルの発言にコミは睨みつけ、わき腹を軽く小突く。横からの奇襲を受けたベルは少しえずいた。


「そういえば自己紹介をしてなかったのう。わしは、福音の調査を続けているゲーマ王国軍所属の研究者ベルという者じゃ。周りからはベル博士と呼ばれておる。そして研究の結果ここに何かがあるとまでは掴めたのじゃが、行き詰ってしまっての。これを打破するにはアート君の解読が、必ずと言っていいほど重要になってくるはずじゃ。もちろん対価は払うつもりじゃ。だから教えてはくれまいか?」


 福音の研究をしているというベルは、アートに交渉を持ち掛ける。アートは同じ謎を追いかけようとする人物に出会った喜びがあり、教えたい欲求に駆られるが、果たして教えてもよいかも悩む。そんな悩むアートにベルは一つの提案をする。


「もし悩むのであれば助手として共に調査してみぬか?今ここで調査をするのであれば軍の許可が必要じゃからの」


「軍の許可?」


 軍の許可がいるなんて聞いたことがないように疑問を浮かべるアートは、不思議にそうに聞き返す。


「その様子だと知らぬようじゃな。現在この周辺はゲーマ王国が調査をするため、デルキルタス王国の代わりに管理しておる。そのため一時的ではあるがゲーマ王国軍所属以外の方が調査するには軍からの許可が必要なのじゃ」


「それならば許可を取ればいいだけなのでは?」とアートが言うと、その考えは次の言葉によって否定された。


「まあ、あの王国のことじゃ。見知らぬものに対してすぐに許可が下りることはないじゃろう。じゃが、わしの助手になれば軍からの許可をもらわずに調査できるじゃ。どうじゃ?」


 その話を聞いてアートは呆れたように息を吐くと手を差し伸べた。


「分かりました。ベル博士の提案に乗らせていただきます」


「よし決まりじゃな!早速、歓迎会の準備をしよう。コミ、今日はごちそうじゃ!」


 アートの返答と差し伸べられた手を取ったベルは喜び、即座に歓迎会の準備を始めようとする。その言葉にコミは微笑みながら頷き、台所へと足を運んでいく。その様子を見ていたアートは少し苦笑いをしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る