第五
それからちょくちょくとななこさんとは会うようになっていた。
田舎は特に狭く、誰をどこで見た、なんてすぐに教えてくれるし、これを窮屈だと捉えるか、仲間意識を持てるかで、田舎暮らしは相当違ったものになると思う。
かと言って家と家は遠く、みんなで集まれる場所は公民館くらいで、その名前の意味と効用をきちんと知ったのは、ここに来てからだった。
集まる場所と言えば、一応はスナックみたいなところもあるけど、そこには割と活発な人達が揃っていて、大抵はくだらないことで呑むんだけど、この故郷について語り合ったりもする。
仕事帰り、今日はそこに前田さんとななこさんとで呑みにきていて、いろいろな話をしていた。
ななこさんは、一旦外に出たからか、この村を言語化するのが上手い。
例えば里山とは、手付かずの自然ではなく、公共工事によって整えた美なのだと言う。
「ふふ、だって田畑にしろ森にしろ、池にしろ、絵になるってことは、人の手が入ってることがほとんどよ」
そう言われて、田植え前の、水を張った段々畑の田んぼに夕陽が映る写真は、すごく幻想的で、綺麗だったなと思い出した。
「何もしなければ、災害で朽ちるだけだしね」
「確かに」
例えば僕みたいな移住者については、やはり幻想を抱えたまま奨励しても仕方ないのだとか。
田舎暮らしを夢見て移住してきたけど、テレビなんかには映らない苦労があって、結局はそれに耐え切れず、出て行ってしまうことも多く、ある老夫婦は都会で持ち家を売ってこっちに住んだけど、三年後には出ていった。
前田さんはあっちでも家を売ってたし、去っていったその老夫婦を心配だと気にしていた。
「やっぱりさぁ、ここを悪く思われたくないしね。理解するのも、やっぱり難しいのもあるよ。常識とか習慣が違うし、話さないとわからないよ」
やはり老後の移住は厳しく、ある程度身体が丈夫じゃないと、すぐに折れてしまうのだとか。だから三年、三年は様子を見て、あれこれと気にかけてくれるようにしていたそうで、僕もその恩恵を受けていた。
実はここの人達は割と詮索というか、お話するのが好きみたいで、でもストップをかけてくれていたらしい。
「悪く思わないであげてね」
「なんでナナコが言うんだよ。しかもなんか偉そうだし」
「はは、全然気にしてないですよ。特に前田さんには良くしてもらいましたから」
「大ちゃんが? ふーん」
「なんだよ」
そんな風にして、僕と前田さんとななこさんは呑んでいた。話は進んで、例えば全国一律の政策では、地方は救えないのだと言う。
「食べ物も気候も産業も歴史もまったく違うのにね。需要も生産性も。もしここがある程度のインフラが整っていたら、それこそベッドタウンなら子供に手厚くするわね。子育て世代はお金を使いたいのだから」
そう言われて、僕は地元、故郷を思い出す。ベッドタウン化して、随分と経つけれど、人口減少は止まらなかった。
ななこさんは、本気で地元を良くしたいのだと伝わる。軽く引き受けた話だけど、懸命にしようと思った。
「それにしてもそんな上手く行くか?」
「あら。単年度成果なんてあるわけないでしょう? だから考え続けるのだし、やり続けるの。その為に都落ちの私がいるんでしょう?」
「お前は…」
「何よ」
「…何もない。おいおい睨むなって。ブスになってるよ」
「こんな美人によくそんなこと言えるわね」
「ああ美人美人。あのガキ大将がよくもまあ羽化したもんだよ」
「あら、大ちゃんったら私のこと蝶だとでも言ってくれるのかしら?」
確かにななこさんは美人だと思うけど、前田さんは苦い顔をしていた。過去に何かあったのだろうか。
「…有馬さん、こいつ昔こんなんじゃなッいだっ!? やっぱり変わってないな! グーはやめろよ!」
「少しは褒めてくれたっていいでしょう!」
「それはなんか嫌だ」
「はぁ。少しは有馬さんを見習って欲しいわ。こないだも褒めてくれたのよ?」
「そ、そうなのか? 何もされてないかいてぇっ! だからグーはやめろ!」
「ははは、仲良いですね」
「どこが!?」
この理不尽野郎がなんて言ってまた叩かれていた。前田さんはやっぱり彼女を気遣ってるんだと思うし、そんな前田さんに気遣って欲しくないってしてるんだと思う。
「まあ、幼馴染だし遠慮はしないわね。有馬さんにもいるでしょう?」
久しぶりの過去を探る言葉に、少しドキッとした。
「…はは、そうですね。でもここみたいには仲良くないですよ。無関心というか…造成地で住宅地で近過ぎると対立とかも生むし、共同体って感じもないし…」
「ふふ。ここもあるわよ。無い方がおかしいし、あるからこそまとまるのよ。それが民主制なの。それにその街の原因も解決手段もわかってるわ」
「え?」
「ふふ、今度教えてあげるわね」
「偉そうに…しかし腕組みやたら似合うな。昔からだけど…もうちょっと女らしくしたらどうよ。桜子みたいにさぁ」
「大ちゃんのくせにうるさいわね。このロリコン」
「ふっ、何とでもいえ。来年はもう違うからな」
「キモっ」
「キモいは言っちゃ駄目だろうよ!」
「末期ね。ところで有馬さんも──若い子が良いのかしら?」
「い、いや、そんな事思ったことないですよ!」
「そう? まあ、言ってたらこんな風に「あだッ!?」パンチしてたわ。残念ね」
「ははは…」
「ふふふ」
パワハラだパワハラだと叫ぶ前田さんを無視して、彼女は嬉しそうな顔をしながらまたハイボールを煽った。
酒は女性の方が強いことが多いとここに来て初めて知った。
もしかしたらみゆきも、そうだったのかもしれないな。
そんな馬鹿な気持ちを酒で一気に流し込む。
「あら、有馬さんってもしかして強い?」
「どうでしょう。強くなったかもしれません」
「もぉ、敬語はやめましょうよ」
「ななこさんもでしょう」
「私はいいの。ふふ」
小さく微笑んだ彼女はその情熱というか、特異性というか、随分と魅力的に映る。
それは、どこか悲しさに足掻いているように見えるせいか、なんとかしてあげたいなと思ってしまった。
僕はどうやらようやくここに染まったらしい。
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