第六
GW、断り切れずに桜子ちゃんと市内までやってきていた。
今住んでいる村から途中高速をいれて2時間くらい。吉武さんとこの車を借りて辿り着いたのは、かつては見慣れていたような景色で、人が多く集まる街だった。
越してからはテレビの向こう側になっていて、どこか懐かしさすらあった。
無機質なビルが立ち並び、緑が少ない。と言っても東京よりは全然低いし多いのだけど、なんとなく息が詰まりそうに感じるのは、僕が変わったんだろう。
見上げた青空が狭く薄く感じることに、どこか嬉しく思ってしまう自分がいたから。
桜子ちゃんに案内されながら市内を巡っていたのだけど、今の子はスマホの使い方が恐ろしく早く、カーナビを必要としない。
その為、変な一通や馬鹿みたいに細い道を案内されるんだけど、結構怖い。
市内の中、ある地区に立ち寄ろうと言われてやってきたのは、温泉地だった。
ここは有名な温泉地区がある街で、至る所から湯煙が街から立ち昇っていた。
温泉好きなのは言ってなかったけど、ホームページの件などを気遣っていろいろと考えてくれたのだろう。
春風に靡く桜子ちゃんの黒い髪が、僕の肩に少し触れただけでドキリとする。
「どうしたんですか?」
「いや…なんでも。すごいなって」
歩道だというのに、食べ歩きのお店が軒を連ねていた。みゆきとは、いつか来たいと言っていた場所だったなと遅れて思い出した。
「でしょ? やっぱり湯煙がないとねー。それにここまであれこれあるならわかるけど、あの島のは無理ですよね〜」
やはり冷泉のことだろうな。
それは僕も思っていた。観光客にとっては一期一会だけど、島民にとっては毎日のことで、そのバランスが難しい。
◆
「ナナねー、無理してるんだ」
外湯をいただき、昼食を食べ歩きながら散策していたら桜子ちゃんはそんなことを呟いた。
「それは聞いていい話?」
「わかんない。けど…」
「はは。なら僕が支えてみるよ」
「プロポーズ? 私の前でよくそんなこと言うよね」
何となくだけど、強気で周囲に働きかける彼女からは、その姿と真逆で寂しそうな背中に見えていた。無理をしてる、とまでは思わなかったけど、どこか無くした欠片を埋めようとしてるみたいだった。
おそらく桜子ちゃんは知っているんだろう。吉武さんの親父さんが言っていたことと僕が触れて欲しくない事柄が同じ過ぎて誰にも言えないでいた。噂好きのおばあちゃんも気を遣っていた。多分、僕と同じように時間が解決するだろう。
「ああ、違うよ。きっと今はどうやっても仕方ない時期なんじゃないかな」
「来た時の有馬さんみたいに?」
「…そうだね」
無理を必要としていたのは確かだ。無くした欠片を埋める為の日々は、僕にとって必要だった。いや、人は無くしたものの代わりを何か見つけて、それで穴を埋めたりするんだろう。
「ふふっ、それって私のおかげですよね?」
「…そうだね。それもあるよ」
「もぉ! 目を逸らすなんて! 全然思ってないじゃないですか! どうせ大介さんなんでしょ!」
「ははは。そんなことないさ」
もちろん君にも助けられたよ。ただ、そのカットしたての君の黒髪が、悪いけど、少し照れるんだ。
◆
「これ、知ってます?」
そう言われて差し出されたのは、絵本だった。
もうすっかり日が暮れ、最後に本屋に行きたいと言われて立ち寄ったのだけど、目的はどうやらそれだった。
「月のひみつ…? 綺麗な絵だね…それにとっても幻想的だ」
表紙には夜空を背景に小さな男の子と丸い月がある。男の子がマントを翻して月に嬉しそうに何かを語りかけてるようで、その下には住宅街が広がっていた。
どこにでもあるような戸建てが立ち並ぶ住宅街で、妙な既視感があった。
目を凝らして見ると何千もの筆の後が見える。どうやら何十色、何百色と小さな筆で色を重ねて滲ませたようにしてるみたいだ。
「最近SNSで話題なんですって」
「へぇ…」
話題はよくわからないんだけど、何となく惹かれて、僕はそれをつい買ってしまった。絵本なんて、買ったことなんてなかったのに、何故か気になった。
『──ね、「ほんとうのさいわい」って何だろうね? 見つけられるかな?』
『──ああ、僕らならきっと見つけられるよ』
『──ち、違うよ! ジョバンニだよっ。…違わないけどさぁ…』
いや、あれは絵本じゃなかったか…。それこそ銀河みたいに遠くって、懐かしいと思えた自分に少し笑った。
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