第三
両家の両親には、全て打ち明けた。
葛藤も経緯も何もかも全部打ち明けた。
全てわたしが悪いのだと懸命に伝えた。
このままだと正邦一人が罪を被ってしまうから。
中西への制裁も話に出たけど、それは無理だ。そういう風に振る舞ってきたからそれは無理だし何より嫌だ。それにそんなの生温い。
私刑にしないと気がすまない。
式場のキャンセルなどはわたしが負担した。といっても、正邦のおかげでかなり少ない費用に抑えられていた。両家以外の各方面に謝り、正邦の会社にもかけたけど、案の定退職していた。
そして何度目かの両家の話し合いの時に、義両親から正邦からの手紙を見せられた。
思っていた通りの内容だった。
ただ、わたしのことを心配していた。
そんな文面にはもちろんなっていないし、あまりにも見当違いな心配だったけど、それがわたしには読み取れた。
警察は封じられたけど、折れた心を何とか立て直せる気がした。
◆
加速する暑さの中、何をする気にもなれなかった。新居にて、ぼんやりと考えては打ち消して、また浮かび上がっては沈む毎日。
結婚式後の予定は全て白紙だ。
白なんて、正邦が居ないと何にも描けない。わたしにできることはとりあえず生活の立て直しだった。
でも倦怠感がずっとあって、会社は以前のように働ける気がしなかった。
迷惑をかけてしまうからといっその事退職しようか悩んでいた。
お母さんは心配してわたしの元についていてくれた。お父さんは何も言わなかったけど、呆れているわけではなく、ただ時間が解決するのだろうといったスタンスだった。
そんな日々の中、わたしには一つの希望が芽生えた。
「嘘」
「あはは。嘘じゃありませんよ」
それは正邦との赤ちゃんだった。中西はゴムでしかしていないし、あいつはそれでも外出しにこだわっていたから、有り得ないし、時期も違う。
あの温泉の時だ。
間違いない。
嬉しくて嬉しくて、涙が止まらない。
やった。やった。やったぞわたし。
でも、そこからが大変だった。
「本当なんです! 本当に正邦との赤ちゃんなんです!」
「…わたしは…疑ってないんだけど、お父さんがね…」
そう正邦のお母さんは言っていたけど、ご両親とも相手をしてくれなかった。それはそうだとわたしも思う。男の人に周期なんて言ってもよくわからないらしいし、正邦からの手紙もある。もし仮にそうだったとしても、大事な一人息子が失踪したんだ。認めるわけにはいかないだろう。
「そうだ、DNA鑑定…」
わかりやすいのは何か。何だ。
「口腔上皮? 血液…ダメ、精、液…無い…、紙コップ無い、タバコ吸わない、毛髪…体毛…」
それ以外にもへその緒や爪、歯なんかもあった。それらは正邦の実家にあるかもしれないけど、ご両親には頼れない。今言ったところで何になる。
わたしはただ正邦との証だと証明したいだけ。別に面倒を見て欲しいわけでも認めて欲しいわけじゃないなんて誰が信じる。
お母さんも、何も口出ししては来なかった。
「結局のところ、自分で納得するまで足掻くしかないの。わたしが支えてあげるから好きにしなさい。それよりリモートって便利よねー」
そう言ってこんな遠方から地元の会社を在宅ワークするからと納得させて一緒に居てくれた。
そうだ。
最後まで足掻いてからだ。
わたしは引き払った家の管理会社に電話をした。正邦のアパートもだ。
必死に訴えたけど、正邦が住んでいたところは既に人が入居していて、わたしが住んでいたところは、クリーニング済みだった。
「ご理解いただけましたか?」
「そんな…出てきて、お願い。お願いだから…」
「いや、だから私どもの仕事は完璧ですから…」
わたしは無茶を言って開けてもらっていた。正邦との思い出溢れる場所だ。コロコロと持参したクリーナーを転がすけど、まるで最初から正邦なんて、わたしなんて居なかったと言わんばかりのその清潔さが、わたしの涙しか伸ばさなかった。
「我が社のクリーニングに不安を持たれたのは遺憾ですが、ご納得いただけたならサインいただけ…大丈夫ですか?」
「……ッ」
「え、え、お、お客様?!」
その会社の圧倒的なクリーニングの前にわたしは敗北し、そこで意識を失って倒れた。
◆
「もう、本当にびっくりしましたよ…熱中症かと…」
そう言ってくれたのは、わたしを病院まで連れて行ってくれたクリーニング会社の人だった。
「本当に申し訳ありませんでした…」
わたしはどうやら貧血で倒れたらしく、彼女が病院まで搬送し、意識を取り戻すまで付き添ってくれていた。
都会は田舎者だらけ。だからかわからないけど、あったかい人多いよ、なんて昔正邦がそう言ってたな…。
中西みたいなクズも居たけど。
それにしても彼女としても、人としても、母としても、とことんまで未熟なわたしだった。
「……御社のクリーニングは完璧でございました。サインします…あ…あとご迷惑をお掛けしたお詫びを…」
「それは別に。それより何かありましたか?」
「…え?」
「うちのクリーニングに問題があるだなんて、まったくのデタラメでしょう? 良かったら教えてください。ああ、別に訴えたりしないし興味本位でもなく。ふふ。何だか必死な様子が昔の私みたいでして」
「…はぁ…」
何か、嫌味のない笑い方をする人だな…でもこの人の過去に、今のわたしみたいな状況なんて起きていたのだろうか。
それにあまり触れて欲しくないのは、ここまで優しくしてもらったのに、当たりそうで怖いからだ。人としての未熟さはわかってるけど、これ以上恥を上塗りなんてしたくない。
「ああ、そんな顔しないで。良かったら聞かせてくれないかしら? えっと、浦部…みゆきさん」
「えっと…」
「私、人の不幸の上で仕事したくないだけなのよ。だからボランティアだと思って助けてくれないかしら? なんちゃって。ふふ」
「……はあ…」
なんか、力抜けるこの人。
それが、わたしとななさん、吉武ななこさんとの出会いだった。
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