第二
彼女、浦部みゆきは転校生だった。
中学に上がるタイミングで、新興住宅地が新たに出来、新築の戸建て住宅が建ち並び出した僕の地元に、彼女は越してきた。
みゆきは寒い地方出身で、彼女の肌の色の白さと大きな黒の瞳に一瞬にして惹かれたのを覚えている。
中学三年間は同じ部活で仲良くなり、同じ高校に進み、二年の時に交際をスタートさせた。
◆
何も考えられないままぼうっとしていたけど、スマホを元に戻し、みゆきが起きるのを待っていた。
「…んふ、ふわぁぁ…寝てた…今何時…ってうわっ!? 来てたの!? びっくりした〜…もー起こしてよもぉ〜」
「…ごめんごめん。気持ちよく寝てたからさ」
彼女とは別々に暮らしていた。
駅で言えば3駅ほど離れたところ。
地元は同じ。大学は違うけど、同じように上京し、卒業し、そのままこの街で就職した。
上京する際、一緒に住もうと言われたことはあった。僕もいいなと思っていたけど、お互いの親はやはり難色を示したので、学生時代、同棲はしなかった。
やがて大人になり、今まで別れずにずっと仲良くしてきたことは、成人式や同窓会、大学時代の友達と会っても驚かれた。
就職して忙しくしていても、暇を見てはお互いのマンションを行き来していたけど、最近はいろいろな事情で僕が訪ねることが多かった。
「あ〜恥ずかしいよ〜寝顔なんて…もう!」
「…恥ずかしいか…それはそうだ。はは…」
「何笑ってるの〜!」
彼女は顔を赤くし、本当に恥ずかしそうにしていたけど、恥ずかしさのレベルがここまで大きくズレていたなんて知らなかった。
彼女が恥ずかしがり屋だなんて、十三年経って知った嘘だった。
自撮りなんて情欲を煽る女優そのものだった。
尤も、そんなことしようだなんて思ったことなんてなかった。
「…? 正邦…大丈夫…?」
「ッ、ああ、うん」
考え込む僕の様子に、みゆきが心配を口にする。どうやら僕はフォトフレームをじっと見つめていたようだ。
二人で笑い合ってるお気に入り──だった写真だ。
見てはいたのだろうけど、あまり意識に入ってこなかった。幻みたいにすり抜けているのだろうか。
その視線に気づいて何を勘違いしたのか、「くすくす」と彼女は笑う。僕は笑えないけど、自分の口角が薄く上がっているのがわかる。
ああ、こんな時でも僕は取り繕えるのか。
「ね、この時間ってことは今日は一緒に居れるの…?」
みゆきはそう聞いてくるけど、どうしようか。いつもならこのまま朝まで居たりするけど、まだ自分自身の感情が追いつかない。
それに「今日の日課ですw」と送ってたのは、昨日のが最新だったし、おそらくこの後撮るんだろうし、帰ろう。
「…いや、少しでも会いたくてさ。隙間見てちょっと。でも来て良かったよ。面白いもの見れたし」
「もぉ! また揶揄って! 酷い! 見られたくなかったのに…! でも来てくれて嬉しいから許してあげる」
そういう意味じゃないけど、そういう答えでもいいかもしれない。それくらいの嘘は許して欲しい。
「でも今日は一緒にいたいな…最近…その、ご無沙汰といいますか…」
「いや…明日早いし、今日は帰るよ。ごめん」
「そっか…顔色悪いもんね。今日はごめんね……最近仕事よく振られてさ〜…くたくたで……あ、次は明後日だよね? 大丈夫?」
何だったっけ。ああ、あれか。待ち合わせか。そういえばそうだったな。その為に来てたんだけど、それもどうしようか。今は身近な未来すら思い描けない。
「…ああ。うん。もしかしたら仕事と疲れ次第になるかも。ごめん」
とりあえず明日のことは明日の僕に任せてみようか。感情がぐちゃぐちゃしてて今日はこれ以上考えたりは無理だ。
「ええ〜…? …でもそうだよね…忙しいしね。わかったよ」
「いやに理解あるね」
「そりゃもちろん彼女ですから! 寝てたけど! 明日も頑張ってね!」
「ああ、うん」
そう言ってみゆきとさよならし、マンションを後にした。
見上げた夜空には厚い雲がかかっていて、綺麗な月が見えなかった。
せっかくの春の夜なのに、嫌な澱みだ。
「ほんと、どうしようかな…」
そう呟いて、僕は家路についた。
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