第三
僕はあれからもみゆきとズルズルと関係を続けていた。
別れようとも思うけど、何というか付き合いの長さもあるし、時期的にいろいろと複雑な部分もあるし……いや、これは建前だろう。
ひとつ、僕の中に芽生えたものがあった。
あの狭いトイレの中で感じたことだった。
これからの彼女の変化が気になったのだ。
あれからメッセのやり取りがどうなっていくのか気になっていたのだ。
僕は、表には見えないみゆきの心の変化が見たいと思った。
目の前にいる彼女よりよっぽど真実であろうその本心のメッセに、僕はドキドキしていたのだ。
それこそ毎回睡眠薬で眠らせてから熟読するくらいには渇望していた。
「ごめんね、最近どうも眠くて」
「いいよ、気にしないで」
どちらの家でも、飲み物やお菓子を用意するのは僕だった。だから盛るのは簡単だった。
「疲れてるんだよきっと」
「ッ、うん…でも今日は大丈夫…! 寝溜めしてるから! だから…朝まで仲良くしよ…?」
寝溜めなんて、そんなの出来るとは思わないし、そもそも無駄なんだけどな。
それと「朝まで仲良く」、そんな言葉を聞くと、この後の中西とのやり取りが気になって、結局次に会った時にまた眠らせてしまいそうだ。
こうしてズルズルと別れを引き伸ばしてしまっていたのはこのせいでもある。
彼女は昔から表裏のない性格だった。不器用と言えばいいのか、素直と言えばいいのか、そこが魅力だと思っていた。
だけどそんなことは嘘だった。
だから気になって仕方ないのだろうか。
「ああ、うん。でもあんまり無理するなよ? 受験勉強の時思い出すからさ」
「やめてよ! 何年前の話よもう…もー知恵熱で倒れないし! よぉし! じゃあまずはゲームしよ!」
「そうだな。飲み物用意するよ」
「ありがと! 今日は負けないからね! 勝ったら何でも言うこと聞いてもらうから!」
「はは…なんだか怖いよ」
「ぇえ…そんなに引かないでよぉ…だ、大丈夫だよ? そんなに怖くないから…」
そうしてみゆきはいつも通り寝た。
それを確認すると、またスマホを覗いた。
最近は警戒してか、鞄に仕舞われている事が多くなった。
前回からの続きを確認する。これは五日前か。
『明日はどうする』
『彼氏くるので無理です』
『泊まらないんだろ』
『はい』
『なら帰ったら来いよ』
『嫌です』
『ばら撒くぞw』
『仕方ないですねw』
『行きます』
『ちゃんと綺麗にしていてくださいw』
別に性的にドキドキすることはないが、彼女が待ち合わせに遅れて心配したこととか、恋を自覚した時とか、告白した時の鼓動とか、そんな胸を鷲掴みにされたような胸の痛みを思い出す。
もう少し遡ってみる。
『今日も抱いてもらえなかったのか』
『わたし魅力ないんでしょうか』
『んなわけないだろ』
『中西さん』
『いい加減ですから』
『信じられません』
『なら教えてやるよw』
『結構ですw』
……
『みゆって激しいの好きだよな』
『やめてくださいw』
『彼氏に言ってみろよ』
『彼氏は優しいんです』
『そんなことしませんw』
「……はは…確かにそんなことはしないよ」
そう言ってすやすやと寝てるみゆきの頭を撫でながらスマホ内のやり取りを見る。
激しいのが好きだったのか…
また知った事実だ。
しかし、この感傷はなんだろうな。
当事者で言えば悲恋というのか。みゆきと中西の二人にとっては恋のきっかけと言うか、芽生えというのか、育みというのか。
そういう他人の恋の行方みたいな、そんな恋愛ものの小説を読んだ時のように、やはりドキドキしてくる。
ああ、そうか。
朧げながらだけど、ようやく言葉に出来そうだ。
僕とみゆきの物語が終わっていて。
みゆきと中西の物語が始まっていて。
つまりそのアフターストーリーが、おそらく僕は気になっているんだろう。
「ん…ダ、メ…いや…頑張っ……」
「ッ!」
身体を少し揺らしたみゆきの寝言が、ふいに聞こえてドキリとした。
「……はは」
ドキドキと心臓がうるさい。
何を頑張るのだろうか。
何を頑張って欲しいのだろうか。
中西の夢でも見ているのだろうか。
ああ、そうか。この手遅れな感じと言えばいいのか、蚊帳の外感とでも言えばいいのか。
未だに僕の彼女ではあるけれど。
とっくに終わった僕の恋の終わりを、その結末を。
この中西との新たな恋の始まりの結実を、その顛末を。
割とバカな話だと思うけど、僕はそれらを見てみたくなって、この関係を続けているんだろうな。
僕はフォトフレームに写る僕とみゆきの最高潮の笑顔を見ながらそう思った。
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