26.不幸中の幸い
「由香さん……」
慣れない怒声を上げたからだろう。由香さんの身体は小刻みに震えている
「ご、ごめんなさい。私、勝手なことしてしまって……」
「いえ、おかげで冷静でいられました。ありがとうございます」
人間とは不思議なもので、自分以外の誰かが感情的になっているのを見るとこちらの感情はスッと引いてしまうものだ
(そして、何より――)
その怒りが自分のためというは、正直嬉しいものだ
「ありがとうございます」
もう一度お礼を言う
「そして、すみませんでした」
「そんな、悪いのはさっきの人で黒木さんは全然」
俺が謝ったのはそのことではない
「前に役所に勤めていたことを隠していました」
「あっ……」
「本当はちゃんと話すべきだったんですけど」
由香さんは困惑の表情を浮かべている
「黒木さんはフリーターという雰囲気ではないですし、何か事情があるのかなとは思っていました。でも、それを話すか話さないかはご本人の気持ちだと思っているので……」
俺が話すのを待っていてくれたのか
「こういう形で話すことになるとは思いませんでした。ご迷惑までおかけして……」
「黒木さんは何も悪くないです。気にしないでください」
「しかし、またアイツが何か嫌がらをしてくるかもしれません」
「そのときは……、どうしましょうか……」
困ったものだ。俺への嫌がらせならともかく、店に迷惑がかかるのは何としても避けたい。それにまた権藤にあることないこと言いふらされるのも
「あっ、そう言えば、さっきのヤツ――権藤が言っていたこと……」
「あの人の言葉なんかどうでもいいです」
由香さんは優しく微笑んでくれた
「そうですね」
「それよりも、次来たらどうするか考えましょ」
それから権藤対策の作戦会議が始まった。なんだか、二人で悪巧みしているようでちょっと楽しい気分になったのは、不幸中の幸いというのものだろうか
まあ、だからといって権藤に感謝するようなことはあり得ないが
お姫様の古本屋-読書しない俺が書店で働いた話- 海豹あざらし @harp_seal
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