25.招かれざる客
それは穏やかな土曜日の午後だった
「いらっしゃいませー」
来店されたお客様にいつものように挨拶をする
「へえ、本当に働いてるんだな」
聞き覚えのある声に目を向けると、そいつは意地の悪い笑みを浮かべながら店内を見渡していた
(権藤……)
俺はその存在に気付かないフリをして帳簿の作業を続けた
「おいおい。元上司がわざわざ来てやったのに挨拶もなしかよ」
そう言いながらカウンターに近づいてくる
「もうあなた方とは関係ありませんので」
顔を上げもせずに冷たく答える俺に、権藤が大袈裟なため息をついた
「はああ…。相変わらず礼儀を知らないやつだなぁ。これだから社会不適合者は」
(無視無視。こいつとはもう無関係だ)
俺は権藤の言葉など意に介さずに電卓を叩き続ける。顔を見なくても権藤がイラついているのが伝わってきた
(早く帰ってくんないかなぁ)
「おまえさぁ、そんなんでいいわけ?あんまり調子にのってるとここでも働けなくしちゃうよ?」
「はあ?」
行き過ぎた挑発につい反応してしまった
「役所の力はお前も知ってるだろ?俺がその気になったらこんな店すぐにお取り潰しだぜ?」
たしかに役所のもつ公権力、各種の許可権限、情報網や発信力を駆使すれば小さな商店の1軒や2軒、いや10数件単位でも簡単に潰したり立ち退かせたりすることはできる。それは直接的だったり間接的だったりするが、実際に俺が役所にいたときも内部でそういう企てが進められているのを目の当たりにしている
しかし、それは役所的な『必要悪』のためであって、公務員の個人的な恨みを晴らすためではない。ただ、権田の課長補佐という立場を使えば、この店を潰すこと自体は可能と言えば可能ではある
「冗談はやめてくださいよ」
「くっくっくっ。焦ってる焦ってる。社会不適合者なりにようやく手に入れた仕事だもんなぁ」
そのときだった
「いい加減にしてください!!!」
奥の事務室から由香さんが血相を変えて飛び出してきた
「今の言葉取り消してください!」
「なんだぁ?」
由香さんの剣幕に権田は押され気味だ
「黒木さんはいい人です!うちの大事な従業員です!悪く言わないでください!」
(由香さん……俺のために怒ってくれてる?)
「店を潰したければ潰せばいいです!でもさっきの言葉は取り消してください!!」
「うっ……」
権田は焦っているようだ。それはそうだろう
「権田補佐。公権力を使って店を潰すなんて会話を民間人に聞かれたまずいですよねぇ。どこかに投書しましょうか?」
「ぐぬ」
「ああ、あと、私も一応今は民間人なので態度には気を付けてくださいね」
「てめぇ、覚えてろよ」
権田が俺を睨みつける
「もう出ていってください!!!」
由香さんの一喝に突き飛ばされるように権田は店から逃げ出していった
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