23.気付かなかった

「【いずみのお姫様】っていう、売れない画家とお姫様の童話に出てくるらしんだけどさ」


 ――ああ、あの人をどうして描こう

   感動を。息を吞むほど美しい絵画を前にしたような感動を

   神秘を。森の中で突如として現れる清らかな湖のような神秘を

   温もりを。雨あがりに差し込む天使の梯子に触れたような温もりを――


 俺は両親の表情をうかがいながら例の詩を暗唱した。しかし、二人とも浮かない顔だ


「俺は聞いたことはないな」

「お母さんも。うちで買った童話だったら私も聞き覚えがあるはずだけど」

「そうだよね…」


 ということは実家で読んだ本ではないらしい。


(空振りだったか)


「その詩がどうかしたの?」

「いや、その本を探している人がいて」


 プライバシーに関わることだし詳しい話をするべきではないだろう


「ふーん。見つかるといいわね」


 ”ふーん”の部分になんだか意味深なニュアンスを感じる。母の勘というやつか


「なんだ。惚れた女のためか」


(なんと、父の勘も鋭い)


 それにしても直球である


「お前が分かりやすいだけだ」


(こ、心を読まれた!?)


「親だからな」


 そういうものなのだろうか。とりあえず話を元に戻しておこう


「童話なんて家以外で読むことはないと思うんだけど」

「確かにねえ。そもそも家でも読まなかったし」

「本読むの嫌いだったからね」

「そうなのか?」


 いきなり親父が驚いた声を出した


「嫌いだったよ。え? 好きって思ってた?」

「いや…好きではないかもしれんが、嫌いまでとは思ってなかったよ」


(なるほど)


 子供の頃に親父が本を勧めてきた理由が分かった気がする


(嫌いじゃないなら…好きになって欲しかったんだな)


「田舎でずっと本を読んでいたじゃないか」

「田舎で?」

「小学生の頃だったか? 田舎でケガしたときに」

「ああ」


 小学生4年生だったか。夏休みに母方の田舎に帰ったときに足を捻挫したことがある。当然じいちゃんばあちゃんの家にゲームなんてないものだから本ばかり読んで過ごしていた

 確かにあのときは大量の本を読んだ。増田に自慢できるくらいには


「だから、お前は本もいける口かと思ってたよ」

「いや、あのときは本しかなかったから」

「そうか、悪いことしたな」

「まあ今は本も好きだし。結果オーライじゃない?」


 そのタイミングでトースターが"チン"と鳴った


「ははは。そうかもな」


 母さんがつまみを乗せた皿をテーブルに置きながら言った


「もしかしたらそのときかも」

「なにが?」


 溶けたチーズがのせられたバケットが香ばしい。すかさず手を伸ばす


「さっきの詩の童話を読んだの」

「あっ…」


 チーズがびろーんと伸びた


「熱いからね」


 田舎でケガしたときが俺が人生で一番本を読んだ時期だ。当然、その童話に出会った可能性が一番高い


(どうして今まで気付かなかったんだろう)


 バケットを頬張る


「熱っ!」

「だから言ったじゃない」


 母は呆れ顔である

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