20.実家のような安心感
最寄り駅から徒歩10分
正直、気持ちは重たい
何百回と通った実家から駅までの道のり
居酒屋が知らない名前に変わっていたり、花屋が入っていた店舗が老人向けの運動クラブになっていたり、公園のフェンスが頑丈になっていたり
多少の変化はあれど、たかだか2年ではそれほど景色は変わらない
(知り合いとすれ違ったりしませんように)
そう祈りながら歩いた
もし近所のおばちゃんに見つかったら「元気?」「どこで働いているの?」「今何しているの?」と根ほり葉ほり聞かれるのが目に見えている
もちろんただの世間話、社交辞令。”普通”だったら何らやぶさかではない会話だ
(しかし、今の俺は世間一般でいうところの”普通”ではない)
とにかく今は誰にも会いたくない
自然と足が速くなった
◇ ◇ ◇
結局、何事もなく実家の前についた
築20数年。どこにでもよくある平凡な2階建て一軒家だ
俺は呼び鈴を押した
しばらくしてインターホンから馴染みの声が聞こえる
「はい」
「あっ、俺だけど」
「俺?」
「そう俺?」
「詐欺なら間に合ってます」
「いや、オレオレ詐欺じゃないから」
「じゃあちゃんと名前を言いなさい」
「亮だよ」
「よくできました」
通話が途切れてすぐにドアが開いた
「おかえりなさい」
「ただいま」
玄関に入るとフワッと金木犀の香りがした
(そう言えば、俺んちってこういう匂いだったな)
「チャイムなんて鳴らさなくて鍵持ってるでしょ?」
「持ってるけど、いきなり入ったらビビるかなと思って」
「たしかにそうね」
リビングも全然変わっていない。俺がここで過ごしたときのままだ
本棚に見覚えのない本が増えているくらいか
(【よく分かるゴルフのマナー】…なんだこりゃ)
「先に連絡くれればご飯もちゃんと用意できたのに」
「ちょっと寄っただけだから。そんなに気を使わなくていいよ」
「そうなの?何だか他人行儀ねえ」
「そんなことないよ、むしろ他人だったら必ず事前に連絡するでしょ」
(屁理屈だよなあ)
「晩ご飯は食べていくでしょ?お父さんにも顔見せていきなさい」
「父さんは?」
「朝からゴルフに行ってるわ」
「ゴルフ!?」
親父の意外な趣味に驚きを禁じ得なかった
「父さんがゴルフ?」
「去年から始めたのよ」
「似合わないな」
「似合わないわね」
自分の父親はインドア派だとずっと思っていた
「最初は上司の人に誘われて嫌々だったのよ」
「最初はってことは?」
「今はもう毎週のように行ってるわ」
「まじかぁ」
親父はたしか52歳。新しいことを始めるのに年齢は関係ないとは言うが
(分からないものだなあ)
「それで、晩ご飯は食べていくんでしょ?」
「ああ、父さんとも話したいし」
「あら!そうなの」
すごく嬉しそうだ。よかった
「じゃあ、気合入れて用意しなきゃね。何食べたい?」
「ええ、何でもいいよ」
「何でもいいが一番困るのよ」
何だか懐かしいやり取りだ。昔と違うのは母さんが嬉しそうに困っているのと――俺もちょっとニヤケ顔になっていることだろうか
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