19.宿題の提出

 功じいからの宿題――店の本を一冊読んで感想を聞かせること――俺は【梅一輪】を読んだ感想を率直に話した


 決してレベルの高い感想ではなかったが、功じいは「ほうほう」とか「なるほど」とか合いの手を入れながら終始楽しそうに聞いてくれていた


 自然とこちらも饒舌になる


「――という感じで受け止めたんだけど、合ってるかな?」

「合ってるも何も、お前さんがそう感じたんならそれも一つの答えなんじゃろ」


 功じいは決して頭ごなしに否定しないし、意見を押し付けてくることもない。それは多くの本を読んで培った人間としての懐の深さのようにも感じた


「でも、功じい」

「なんじゃね」

「前に言ってましたよね、『何かが変わるかもしれない』って」

「そんなこと言ったかの」


 わざとらしく惚けている


「俺は親父の好きな作家の本を読めば、少しは親父のことを理解できる・・・っていうか心理的に近づけるような気がしてたんですけど」

「うむ」

「正直、そんなことはなかったです」

「うーむ」


 功じいは何やら考えるような素振りみせた。やがて申し訳なさそうに言った


「すまんかったなあ」

「えっ?」

「過度な期待を持たせるようなことを言ってしまったようじゃ」

「そんなことは・・・」


 俺はかぶりを振った。責めるつもりで言ったわけではない


「小説というのは参考書とは違ってな、100人が読めば100通りの物語があるでな」

「はい」

「そこに間違いはないし、必ず答えがあるわけでもない」


(たしかに・・・)


 俺はこの小説を人生の参考書か何かと勘違いしていたのかもしれない。だから、合ってるとか間違っているとか、感想のレベルがどうとかが気になっていたのだろう


(読めば何かを得られるだろうという期待――俺は欲張りだった)


「何かが変わるきっかけになる人もいるし、そうでない人もいる」


 功じいは一呼吸置いた


「中には良くない方向に変わってしまう人もいる」


 声色にほんの少しの哀しさが混じっているような気がした


(由香さんのことを言っているのだろうか)


 一転、明るい口調で功じいが続ける


「まあ、お前さんもたくさんの本を読んでいけば、いずれはそういう運命的な本と出会えるじゃろう」

「そうかもしれませんね」

「では次の本じゃな。今度は歴史小説以外で頼むでな」

「ええ?一冊じゃなかったんですか?」


 などと言いつつも、実はそれほど嫌ではなかったりする


「はっはっはっ」


 功じいは声を上げて笑った後、ニヤリと微笑んで言った


「由香とのデートは楽しかったじゃろ?」

「デートじゃなくて職場の懇親会ですよ」

「それなら同僚としてワシとも懇親を深めんとなあ」


 このじいさんにはホントに敵わない


「はいはい、分かりましたよ」

「はっはっはっ」


 楽しそうな笑い声が店内に響いた


(由香さんは功じいに言っていないのかな・・・?)


 由香さんとお母さんの話――【いずみのお姫様】のこと――は功じいも知っているような気がする

 しかし、俺がその詩を知っていたという謎については由香さんからは聞いていないように見える

 由香さんが話さない以上、俺から打ち明けるのは違う気がする


「なあ、青年よ」

「はい」

「多くの本を読み、多くの人と話し、そして足を動かす。その先にきっと答えがあるかもしれないし――」

「ないかもしれない」


 功じいは嬉しそうに言った


「そのとおり」

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