18.柿ピーの黄金比

◇ ◇ ◇


――感動を。息を吞むほど美しい絵画を前にしたような感動を


 神秘を。森の中で突如として現れる清らかな湖のような神秘を


 温もりを。雨あがりに差し込む天使の梯子に触れたような温もりを――


「分っかるかなあ?」


「分かんねえなあ」


 とりあえず合いの手を入れてくれる増田はいい奴だ


「ていうか、前にもそんなこと言ってなかったっけ?たしか由香さんに初めて会ったときに」

「よく覚えてるな」

「記憶力はいい方なもんで」

「記憶力ねえ…」


 俺にも記憶力が備わっていれば、この詩をどこで知ったのか思い出せたのだろう。そして、それは由香さんのお母さんの居場所を知る微かな手がかりにもなるはずだ


「ん?どうした?」

「いや、なんでもない」


 親友とはいえ、由香さんのプライベートと増田に話すわけにはいかない。守秘義務とはときに便利で、ときに不便なものだ


「そうか」


 と言いながら増田は柿ピーの袋からピーナッツだけを取り出しそれを半分に割ってティッシュの上に並べている。柿の種1に対してピーナッツ0.5を一緒に口にれるのが柿ピーの黄金比らしい。増田らしいこだわり方だ


「いや、さっきの詩なんだけどさ」

「うん」

「俺はいつどこで覚えたのかなと思ってさ」

「なんだオリジナルじゃないのか」

「残念ながら」

「よかった。急に似合わない詩なんか詠むから正直気持ち悪かったんだ」

「おい」


 増田は笑う


「冗談冗談」

「まあ、逆の立場だったら俺も気持ち悪いと思うだろうけどな」

「だろ?」


 なぜか満足気だ


「どこで覚えたと言えばな」

「ああ」

「俺もずっと『この柿ピーの黄金比ってどこで覚えたんだっけ?』って気になってさ。実は悩みの種だったんだよ」

「誰が上手く言えと。ていうか、ここ数年で人に聞かされた中で一番くだらない悩み話だな」

「二番目は?」

「後輩が役場を辞めたがってるっていう話だ」

「それよりはマシだと思うけどなあ」

「はは、そうかもな」


 二人して苦笑いを浮かべながら金麦を流し込む


「まあ聞けって」


 増田が続ける


「で、この前実家に帰ったときに気付いたんだよ。親父も同じ食べ方してるって」

「増田家では箸の持ち方の次に柿ピーの食べ方を躾けられるんだな」

「なんでやねん」

「なぜに関西弁」

「実際、俺の記憶では子供のときに柿ピーはあんまり食べなかったし、親にそういう風に食べろって教わったこともないんだけどな」

「それでも同じ食べ方をしてたのか。面白いな」

「思い出せなくても子供の頃の記憶って無意識のうちに影響してるんだなあと」


(たしかになあ…)


 俺がなぜか覚えていた詩も、おそらく子供の頃の記憶から無意識のうちに出てきたものなのだろう。思い出せないのがもどかしい


「モヤモヤするなあ」

「そうだなあ。もしかしたら親父さんが何か知ってるかもよ?読書家なんだろ」

「親父ィ?」

「露骨に嫌そうな顔するなよ」

「別に嫌じゃないけどさ」


 元々、実家にはあまり帰っていなかったが、役場を辞めてからは一層足が遠のいている


「たまには帰ったら?」

「うーん、仕方ないかあ…」

「そうしな。どうしても思い出したい“大切なこと”なんだろ?」


 増田がニヤリと笑った。何かを察しているようだ

 俺はティッシュの上のピーナッツたちを奪い取って頬張った

 増田はニヤニヤと笑っている

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