17.彼女の生い立ち2
由香さんのお父さんが事故で亡くなってから半年後、お母さんは失踪した――
「父が亡くなってから、母は抜け殻のようになってしまいました。一日中ぼーっとしてるかと思ったら急に泣き出したり‥‥‥」
残された母と娘。お母さんがしっかりしないとダメじゃないかと思うのは外野の身勝手なのだろう
「おじいちゃんとおばあちゃんが頻繁に様子を見に来てくれていたのですが、お母さんはずっと二人に謝っていました『ごめんなさい、ごめんなさい』って」
「謝ってた?」
「はい。私はまだ幼かったので何のことかは分からなかったですが」
お父さんは事故で亡くなったのであれば、そのことで功じいたち――お父さんの両親――にお母さんが謝ることはないだろう。何か別の理由があるのだろうか
「泣いたり、謝ったり、ぼーっとしたり……以前の優しかったお母さんはいなくなってしまいました」
「………」
「結局、【いずみのお姫様】が母の最後の作品になりました。出版されることもなかったと思います」
「出版されなかったんですか?」
「はい。お話の結末を何度も書き直していたみたいで」
「読んでみたかったです。由香さんが好きなお話」
「そうですね‥‥‥」
「【いずみのお姫様】は母もとても気に入っていた作品でした。それだけにエンディングまで妥協せずに書いていたんだと思います。
母が変わってしまってから、私は母に元気になってもらおうと……元のお母さんに戻ってもらおうと幼いながらに頑張って良い子にしていました。
そこで行き着いたのが、母の理想の女の子……いずみのお姫様のように振る舞うことだったんです」
「お姫様に‥‥‥」
(なるほど)
合点がいく
……しかし、由香さんの上品さの根源にこんな悲しい出来事があったとは
由香さんが【いずみのお姫様】のストーリーを話し始めた
「ある日、森に出かけた画家は湖のほとりで一人のお姫様に出会って一目惚れしてしまいます。でもそのときはただ遠くから見惚れるしかありませんでした。家に帰った画家はお姫様を絵に描こうとしますが、自分の画力ではその光景を表現することができません。彼は何日も苦悩します。
ある日、画家は彼女を思って歌います
――ああ、あの人をどうして描こう
感動を。息を吞むほど美しい絵画を前にしたような感動を
神秘を。森の中で突如として現れる清らかな湖のような神秘を
温もりを――」
「えっ…?」
俺は思わず声を出した
「どうかしましたか?」
「いや、たぶん‥‥‥」
(そんなことがあるだろうか)
俺は恐る恐る聞いた
「もしかして、その続きって『雨あがりに差し込む天使の梯子に触れたような…』じゃないですか?」
「!?」
由香さんは声を発せず口元を両手で押さえた。驚きを隠そうともしない。その様子だけで答えは十分だった
(やっぱり‥‥‥しかし何故?)
なぜ俺は、由香さんとお母さんしか知らないはずの詩を知っているのだろうか
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