15.酒の席の地雷

 俺は自分でグレープフルーツを絞ってサワーを完成させた


「うん、うまい」


 自分で絞ってもうまいものは旨い。グレープフルーツの味だ


(そういえば)


 まだ今日の本題に触れていない。【梅一輪】の話

 俺としては他の話が盛り上がっていれば別に構わないし、敢えてこちらから話を振る必要もないと思う


(それよりも……)


 もう一つの目的――お互いのことを知ること――に重点を置くべきだ

 幸い酒の力も借りて会話も弾んでいる

 ちょっとギアを上げてみようか


「由香さんって、本当に上品ですよね」


 俺はよいしょ2割、本音8割で言った

 相手の良いところを讃えるのは会話の潤滑油。社会人としての常識だ


「そ、そんなことないですよ」


 由香さんはほんのちょっと微笑みながら謙遜した。想定していたよりも反応が薄い。上品だなんて言われ慣れているからだろうか


「子供の頃から本に囲まれていると、由香さんみたく上品になるのかもしれないですね」


 俺はいつもの増田との与太話の延長の気分で言った

 しかし、由香さんは一瞬ハッとした表情を見せたあと浮かない顔をした


(あっ、やってしまったか)


 酒の席で不用意に誰かの地雷を踏んでしまうということはままあることだ。ただ、今日は絶対にしたくなかった


「そんなわけないですよねー、ハハハ」


 と笑いで誤魔化す

 由香さんも笑ってくれた


「たぶん本の影響というのはあると思います」

「えっあるんですか?」


 予想外の言葉に思わず素で返してしまう


「本の影響……というか母の影響ですね」

「お母さんの」


 由香さんのご家庭の話題はなるべく避けてきた――どういう経緯で功じいと二人暮らしになったのかとか――そのくらいのデリカシーは持ち合わせている


「母は童話作家だったんです」


 当然初耳だ


(――だった)


 過去形になった語尾が引っかかる


「あっすみません、私の身の上話なんて聞きたくないですよね」

「いえ、聞きたいです。由香さんが嫌じゃなければ」


 本音だ


「今日は親睦会‥‥‥お互いを知る会ですよね?俺、由香さん…と功じいのこともうちょっと知りたいです」


 由香さんと目が合う


「‥‥‥ちょっと暗い話ですよ」

「どうぞどうぞ」


 俺は努めて明るく返した

 由香さんの表情が少し晴れる


「それじゃあ、なるべく楽しくなるように話しますね」

「お願いします」


「えっと、母のことでしたよね」

「はい」

「母は私が6歳のときに失踪しまして――」


(重っ!)


 果たして俺はこの酒宴を楽しく終わらせることができるのだろうか‥‥‥

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