14.生絞りグレープフルーツサワー
「乾杯!」
最初のデートは奮発してちょっと小洒落たレストランで――などということはなくここは駅前の居酒屋の個室だ
(これは単なる職場の同僚との差し飲みである。決してデートなどではない)
と自分に言い聞かせても、いざテーブル越しに由香さんを見るとどうしてもドキドキしてしまう
軽妙な気の利いたトークでもすればいいのだが、そもそも俺にそんなスキルはない
もちろん事前にトークテーマはいくつか用意しているが……
(天気の話になる前に打ち解けられればいいけど…)
俺の心配をよそに由香さんは色々と話題を提供してくれた
主に功じいの話だが。二人の共通点と言えば功じいくらいなので仕方ない
(功じいには感謝だな)
「おじいちゃんもおばあちゃんも本が大好きで、結婚する前は二人で本を送り合ったりしたんですよ。しかもその本が――」
などと功じいの恋愛話なども教えてくれた
(いい情報を仕入れたぞ)
今度功じいを揶揄ってやろう。いつものお返しだ
そんないじわるなニヤケ顔を隠すようにグイとビールを流し込む
「あっ、お替わりどうされますか?」
「えっと、じゃあビールで。由香さんは?」
「私も頼んでおこうかな。グレープフルーツサワーにします」
一杯目は由香さんもビールだったが、もしかして俺に合わせてくれたのだろうか。もしそうだとしたら気を使わせてしまって申し訳ない
「もしかしてビール苦手でしたか?」
「えっ?いいえ、大好きですよ」
由香さんは笑った
「女の子っぽくないですか?」
「いえいえ、全然!まったく!」
俺は由香さんにとある職場の話をした。飲み会での一杯目は必ずビール。それ以外を頼む人は老若男女問わず空気を読めないヤツというレッテルを貼られるという職場の話だ
「今どきそんな職場があるんですね」
「まあ聞いた話ですけどね」
「うちの職場では好きなのを飲みましょう」
「そうですね」
「二人だけですからね」
二人だけという言葉に心が華やぐ。ちなみに功じいは体調の関係でお酒は控えている。元々酒好きというわけでもないようだが
お替わりのお酒が運ばれてきた
由香さんがグレープフルーツを絞り器に押し付けてギュッと力を入れている
(なんだろう)
なぜグレープフルーツを絞るという何気ない動きでさえ美しく見えるのだろうか。言っちゃ悪いがただの古本屋の娘さんである。どこでどうして高貴なお嬢様のような所作を身につけたのだろうか。ちなみに功じいは普通のじいさんである
(というか)
俺が絞ってあげた方が良かったのだろうか
いや、人に絞ってもらうのなんて気持ち悪いと思われるかもしれない
それでも一言「絞りましょうか?」と声をかけるべきだったかもしれない
気が利かないヤツだと思われただろうか
そんなことを思う人ではないと思うが
どうするのが正解なんだ
――などと逡巡しているうちにグレープフルーツは優しく絞られていった
(きっと俺が絞るよりも由香さんが絞った方が美味しくなるよな)
そう自分に言い聞かせることにした
由香さんは絞ったジュースをジョッキに注いでマドラーでクルクルと混ぜ合わせた。そして一口。実に美味しそうだ
「俺も次はそれにしようかな」
もちろん下心アリアリである
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