13.晩ご飯の予定

 俺は昼休みの残り時間を使って【梅一輪】を急ぎ読み返した

 できるだけ正確に由香さんに教えるために


 まるで期末試験の休み時間のようだ。いわゆる悪あがき


 時間もないので足早にペラペラとページをめくっていく。それでも意外なことにすんなりと頭の中に入ってきた


 1回目に読んだときとは明らかに違う感触。物語の情景や人物の心情がより鮮明になった気がする


 思い起こせば、同じ本を2回も繰り返し読むなんてことはこれまで一度もなかった


(いや、あったな)


 学校の国語の授業やテスト勉強では教科書の文章を何度も繰り返し読まされた


(あれは、つまらなかったな)


 では、これはどうなのだろうか。面白いのか?よく分からない


(でも、まあ)


 後でもう一度ちゃんと読み返してみようかな、なんて思ったということは、そういうことなんだろう



◇ ◇ ◇


 俺は午後の業務をウキウキでこなした

 そんな俺に気付いたのか功じいが水を向けてきた


「今日は機嫌がよさそうじゃのう」

「そうですか?いつも通りですよ」

「まあ、気持ちよく過ごすことはいいことじゃ」


 功じいは「はっはっはっ」と笑った

 俺は伝票整理の作業を続ける


(言わない方がいいよな)


 由香さんと食事だなんてバレたら何を言われるか


(まだ条件を達成してないしな)


 由香さんから誘ってきたのだし約束違反というわけではないと思うが、勇み足という感じは否めない

 というか、バレたら絶対に揶揄われる


「それはそうと」


 功じいが続ける


「由香とは仲良くやっているのかい?」

「えっ?いえ、普通ですけど」

「そうか、まあこれからじゃな」

「まだ条件を達成してないですし」

「それはお前さんの好きにしたらええ」

「いいんですか?」

「真面目なやっちゃな」

「よく言われます。最近とくに」


 功じいはまた「はっはっはっ」と快活に笑ったかと思うと、ニヤリと少年の顔をして言った


「で、今日はどこの店に行くんだい?」

「えっ…!?」


(知ってて揶揄ったのか、この爺さんは…)


「知らんはずがないじゃろ。家族なのに」


 確かに「今日の晩ご飯は外で食べてくる」というのは真っ先に家族に伝えるべき情報だ。功じいはが知っていても不思議ではない


(しかし…)


 誰と食べに行くかまで伝えるだろうか。特にそれが異性の場合‥‥‥


(異性として意識されていないということか)


 少しガッカリした

 そんな俺の心中を察したのか、功じいは「はっはっはっ」と明るく笑った後に言った


「青年よ。焦らず、一歩ずつじゃ」


 さすが人生の大先輩のアドバイスは深い……のだろうか

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