11.本と人格形成

「で、それが例の本か?」


 増田がチー鱈を咥えながら言った


 俺は無言で例の本【梅一輪】を渡す

 増田はズボンで手を拭いてからそれを受け取った


「重いな」

「だろ?」


 所詮俺たちが語らう本の感想なんて、重いか軽いか、表紙がカッコイイかどうかくらいのものだ


「で、面白いの?」


 増田は表紙をめくろうともしない


「今のところ面白くない」


 正直に言う


「というかよく分からん」

「なるほど」


 何が「なるほど」なのかはよく分からないが、増田は納得したようだ

 結局、中を見ずに俺の方へ寄こしてきた


「親父さんは好きなんだろ?」

「まあな」

「そういうのって血は関係ないんだな」


 功じいと由香さんの顔を思い出した


「どうなんだろうな」

「環境の問題かもな」

「環境?」

「家庭環境とか、子供の頃から本に慣れ親しんだとか」

「家庭ねえ」


 また由香さんたちの顔がよぎる


 金麦を一口煽ってから増田が続ける


「俺たちは面白いものに囲まれ過ぎたんだな」

「面白いもの?」

「プレステとか」

「ガンプラとかな」

「そそ、本を読むには時間が足りなすぎる」


 たしかにガキの頃から本以外の選択肢がたくさんあったし、時間を有意義に浪費する道具として本を選ぶことはなかった


「周りに本しかなかったら俺らも読書家になってたのかもな」

「そしたらこういう風に安酒を煽る生活も送ってなかったかもよ」

「どっちがいいかね?」

「こっちだな」


 と言ってチー鱈を手に取る。ゆっくり鱈の部分を剥がしていく

 それを見て増田が笑った


「それ、彼女の前でやるなよ」


 本が似合う彼女――由香さんはきっと子供の頃から本に囲まれて過ごしたんだろう。たぶん、彼女はチー鱈のチーと鱈を分けて食べたりはしない


「きっと由香さんの上品さは本に囲まれて育ったおかげなんだろうな」

「かもな。…いや、どうだろ」


 なんだか歯切れが悪い


「なんだよ」

「例えばだよ、逆に考えてみてさ」

「ほう」

「もしお前からゲームを取り上げて本だけで育てたとしても、なんか今とあんまり変わらないような気もするんだよな」

「読書家になってもか?」

「中身は変わらんね」


 周りに本だけしかない環境なんて、実際に経験したことがないからよく分からないが


(いや、待てよ……)


「俺、一回だけあるわ」

「何が?」

「周りに本しかないって経験」

「まじか」

「母方の田舎に帰ったときにケガしてな。当然じいちゃんばあちゃんの家にゲームなんてなかったからさ」

「本を読んで過ごしたと」

「結構たくさん読んだと思うぞ」

「なるほどな」

「どんな本か覚えてないけど」

「なるほどな。これで、一つ分かったことがある」


 増田が一呼吸おいて言った


「本が人格形成にどう影響するかは分からない。しかし、たかだか数週間の読書だけでは人は変わらないってことは証明されたな」


 反論のしようがない

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