9.はじめて読む本
功じいから出された課題を由香さんに説明した。もちろん俺が由香さんを狙っているというくだりは省いて
「おじいちゃんがそんなことを……」
由香さんは申し訳なさそうな顔をした
「本を読むっていうこと自体は俺も問題ないんですけど、感想を功じいに言わなきゃならないっていうのが……」
「感想を話すのは嫌ですか?」
「嫌というか、緊張するというか」
「緊張ですか?」
由香さんは意外そうな声で言った
「おじいちゃんに緊張なんてしなくても全然いいんですよ。もっと馴れ馴れしくしても大丈夫です!」
(あら?)
たぶん意図がずれて伝わっている。俺が緊張するのは功じいとの距離感のせいではない
「それに私にも敬語なんて使わなくていいですし、年下ですので」
「いえ、そういうわけには。雇ってもらっている身ですし」
「いえいえそんな…」
(しまった)
一見何気ない社交辞令に思える会話だが、よく考えると由香さんとの距離を縮めるチャンスだったじゃないか。せっかく由香さんから振ってくれたのに反射的に遠慮してしまった
(情けねえなあ)
悔やんでも仕方ないので話を戻すことにする
「いや、功じいだから緊張するというわけではなくて、何と言うか……俺みたいにまともに本を読んだことない奴が、読書好きのベテランに感想なんかを語るって言うのが。どんな本を読んで何を言えばいいのやら」
俺の言葉を聞いて由香さんは「うーん」と何やら思案した。表情を見る限り俺の意は伝わったように思う
「私の話なんですけど、いいですか?」
「はい」
(もちろん!)
「私も本を読むのが好きで色々な本を読んでいるんですけど」
(存じ上げております)
「それでも、この店に置いてある本は読んだことがないのがほとんどなんです」
「そうなんですね。意外です」
店の本は全部読み終わっているんじゃないかと勝手に想像していた
「この店だけじゃなく世の中にはすごくたくさんの本があって、それに比べるとひとりの人が生涯かけて読めるのなんてほんのわずか」
由香さんはそこで一呼吸おいた
「どんなに本が好きな人でも、知らない本や見たことがない本がいっぱいあるんですよね」
(たしかにそうだよな)
「だから誰かがそれまで読んだことがない本を読むときは、それは誰にとっても初めて読む本で……その、本が好きとか嫌いとか、今まで何冊読んだとかは関係なくて、本の楽しさというのは……えーと、何て言えばいんだろう、こんがらがってきちゃった」
由香さん困ったように笑った。言いたいことがまとまらないようだ
(でも、分かる。由香さんの言いたいこと)
「そうだ!」
何かを閃いたようだ。由香さんが目をキラキラと輝かせて言った
「新しい本を手に取るのって、それだけで何だかワクワクしませんか?」
「します」
「私もです」
その笑顔はずるい
「きっとおじいちゃんもそうですよ。だから、本を読むのがはじめてとか気にしなくてもいいと思います。誰だって世の中知らない本だらけで、知らないからこそ面白いんですから」
「たしかに」
俺は身構えて過ぎていたのかもしれない。もっと気楽に本の世界に飛び込んでみよう
「ありがとうございます。気が楽になりました」
「うん、よかったです」
由香さんは嬉しそうに笑った。その笑顔が眩しすぎて俺は目を逸らした
逸らしてからまた横目で見た。我ながらまどろっこしい奴だ
そのとき一冊の本が目に入った
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