8.好きな1冊
「条件ですか?」
「なあに、簡単なことじゃよ」
功じいは店内を見渡しながら言った
「条件はこの店の中から好きな本を1冊だけ選んでそれを読むこと。そしてその感想を聞かせること」
「好きな1冊……」
「なぜその本を選んだのか、理由も採点対象じゃ」
(採点って、点数つけるのかよ……)
「これも修行じゃぞ」
「修行ですか……」
(亀仙人と悟空じゃあるまいし)
「一度、店の中を隅から隅まで見てみたらいい」
店に置いてある本についてよく知っておけということだろうか。それにしても何だか夏休みの宿題のようだ
「好きな1冊かぁ」
1冊となると逆に難しい……ような気がする。俺は本棚を眺めながらゆっくりと店内を歩いた
恋愛小説やファンタジー小説、絵本、囲碁の教本、聞いたこともない分野の専門書、知らない画家の画集、知っているバンドのスコアブック、いつの時代かの古地図……
(世の中には本当にいろんな種類の本があるんだな)
当たり前のことだ。しかし
(ちょっと面白いかも)
この大量の本の中に自分の知らないことがギッシリと詰まっているかと思うと、少しワクワクする。自分でも意外な感覚だった。これまで
一通り店内を見て周り、二周目に差し掛かった
「どうじゃ、見つかったか?」
「いえ、なかなか」
「まあ焦らんでもええ。期限はないんじゃからな」
(こっちは早く進めたいんだよなあ)
由香さんと二人きりになるにためにも、功じいには早く安心してご隠居いただきたい
「なんなら由香と相談して決めてもいいんじゃぞ?」
功じいがニヤニヤしながら言った。まるで男子高校生が友達を揶揄うような笑顔だ
(男っていつまで経っても子どもだよなあ……)
(まあ、俺もか)
「自分で決めますよ、自分で」
「おお、そうかそうか。じっくりと決めるとええ。大事な修行じゃからな」
(どこまで本気なんだか)
「ワシはちょっと田中さんところへ行ってくるでな」
「俺一人で店番ですか?」
「なに、
そういうと功じいはサッサと出て行ってしまった
◇ ◇ ◇
功じいの言葉通り、ほとんど入れ違いで由香さんが帰ってきた
「ただいまー」
「あっ、おかえりなさい」
「あれ?黒木さんおひとりですか?」
「功じいはついさっき田中さんのところへ行きましたよ」
「あっ、そうなんですね」
そんなやり取りをしながら、由香さんはカウンター奥の事務室兼倉庫に入っていった
俺は本探しを再開する
(好きな本1冊ねえ……)
好きな本を1冊選ぶというだけなら簡単な話だ。だが、その感想を功じいに聞かせるとなると途端に難しく感じる。なにせ、相手は本をこよなく愛する読書のベテランだ
(結局店内を3周してしまった)
「何かお探しですか?」
「うわっ」
唐突に由香さんに声を掛けられて少しうろたえてしまう
「い、いや」
由香さんは不思議そうな顔で小首をかしげた。かわいい
(ていうか)
冷静なって考えてみると
(別に後ろめたいことをしているわけではないよな)
それにもかかわらず咄嗟に隠そうとして不審者のような挙動をとってしまうのは、妙なプライドのせいかそれとも負い目があるからだろうか
「実はですね――」
俺はことの顛末を由香さんに説明することにした
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