7.人生の先輩

――新山古書店


 ここが俺の新しい職場だ

 由香さんと二人きりで店を切り盛り。たとえ給料が少なくても、楽しく過ごせるならそれはそれで幸せなことなのだろう。しかしそれは……


(甘い考えだった)


「クロくん」

「はい」 


 カウンター越しに功じいに呼ばれた。今は功じいと二人きりだ


(なんでいるかなー)


 俺が働き始めてからも、功じいは相変わらず現役で店に出ていた

 たしかにどこの馬の骨とも分からない男がパートに入ったからといって、すぐに店を任せて辞めてしまうなんてことはできないだろう。由香さんへの引き継ぎや、付き合いのある業者さん、常連さんへの挨拶もある

 考えてみれば当たり前のことだった


(早く一人前になろう)


 由香さんと二人きりになるには早く俺が信頼されるようになって、功じいに安心して引退してもらうしかない


「今日で働き始めてから1週間じゃのう」

「そうですね」

「もう店にも慣れたじゃろ?」

「ええ、おかげさまで」

「そこで、そろそろ次の仕事を教えたいと思ってな」

「はい!」


 思わず力強い返事になってしまった


「やる気満々じゃな。結構結構」


 功じいは目を細めた。俺が意欲的に頑張っていると素直に受け取ってくれているのだろう

 不純な動機でやっていることに申し訳なさを感じてしまう


「で、その前に確認なんじゃが」


 功じいは笑顔で続けた


「クロくんはうちの由香のことを狙っておるな?」

「ふぇ?」


 思いもよらない質問に一瞬固まってしまう


「な、な、なにを」

「隠さんでもええ」


 急激に耳が熱くなってくる


「いや、どうして」

「見れば分かるよ」


 功じいがニヤリと言った


「だてにこの年まで男をやっておらんわ」


 さすが人生の大先輩だ


「いつから気付いて?」

「最初からじゃよ。ナンパしようとしていたじゃろ?」


 あのときからバレていたのか……恥ずかしい。最初から俺の魂胆などお見通しだったというわけだ


「それならどうして雇ってくれたんですか?」

「面接でクロくんを気に入ったというのは本当じゃからな」


(もしかして、これはワンチャンあるのでは?)


 功じいに気に入ってもらえているというのは、かなりのアドバンテージになるはずだ


「言っておくが、あくまでうちの店を任す人材としての話じゃ。由香の結婚相手としてはまだ認めておらんぞ」

「け、結婚?」

「なんじゃ?遊びであの子に手を出すつもりか?」

「い、いえ、そういうわけでは」


 あわててかぶりを振った


 それにしても増田といい功じいといい、すぐに人を結婚させたがる


「まあワシが認めようが認めまいが、由香の気持ちは本人次第じゃがな」


(それはその通りだ)


「しかし、ワシを味方につけておいた方が何かと都合がいいじゃろ?」


(それも間違いない)


「そこでじゃ」


 功じいはニヤリと笑って言った


「一つ条件がある」


 さすが人生の先輩。なかなかにしたたかである

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